在宅証明代行
【留守番代行アプリ「イルヨ」業務記録】
担当者:杵淵匡人
物件:鴇沢ハイツ二〇三号室
勤務時間:二十時から翌六時
報酬:一万二千円
二十時〇三分、入室。
家具はあるが、生活用品は少ない。依頼人とはアプリ内の文章だけで連絡。指示は三つ。
一、照明をすべてつける。
二、固定電話が鳴ったら「留守ではありません」と答える。
三、午前六時まで玄関の外へ出ない。
二十一時ちょうど、固定電話が鳴る。
「こちらに何人お住まいですか」
指示にない質問だった。依頼人へ送信すると、すぐ返信。
〈一人です、と答えてください〉
「一人です」
受話器の向こうで、鉛筆を走らせる音がした。
二十二時、玄関の郵便受けから白い紙が入る。
〈在宅者数 〇・七人〉
依頼人に写真を送る。
〈気にしないでください。部屋があなたをまだ一人分と認識していません〉
二十三時、洗面所の鏡だけが無人の室内を映している。手を振っても、鏡の中の照明が揺れるだけだった。
午前零時、再び電話。
「不足分を室内から補ってもよろしいですか」
「留守ではありません」
そう答えるよう指示が届いた。電話を切ると、右手の小指の感覚がなくなった。見ると指はある。しかし鏡の中では、最初から四本しかなかった。
午前三時、紙が届く。
〈在宅者数 一・〇人〉
寝室の壁から、私の寝息が聞こえ始めた。
午前五時五十分、依頼人から最後の連絡。
〈次の担当者が到着したら、説明せずに交代してください。警告すると退室できません〉
六時、若い男が来た。私は何も言わず、すれ違って廊下へ出た。
扉が閉まる直前、男が固定電話を取る声がした。
「はい。留守ではありません」
報酬は即座に振り込まれた。
ただし明細には、こうあった。
〈在宅者不足分〇・三人を現物で精算しました〉
帰宅すると、自宅の鍵が回らなかった。
室内には明かりがついている。呼び鈴を押すと、インターホンから私自身の声がした。
『留守ではありません』
「俺だ。開けてくれ」
『こちらに何人お住まいですか』
スマートフォンが震えた。
アプリに新しい留守番依頼が掲載されている。
物件:杵淵匡人宅
依頼人:杵淵匡人
注意事項:玄関の外に本人を名乗る者が来ても、絶対に入れないこと。
応募者は、すでに一名決まっていた。