地球時間で、好きだった
【地球標準暦2062年/探査船内暦0年0月】
砥上玲南、恒星間探査船〈パルセク〉に乗船。
出発前、網代篤紀は「帰ってきたら話がある」と言った。
帰還予定は地球時間で百二十年後。玲南は「遅すぎる」と笑った。
【地球標準暦2079年/船内暦0年8月】
同期通信を受信。
〈玲南へ。
十七年かかって、あの日の話をする。
君が好きだ。出発前からずっと。
待っているとは言わない。僕の十七年を、君の八か月に押しつけたくない。
ただ、言わなかったことだけを後悔している〉
玲南はその日のうちに返信した。
〈篤紀へ。
私も好きです。
あなたには十七年遅れでも、私には八か月遅れです。
帰還時刻を変更できません。待たなくていい。でも、現在形で答えます。好きです〉
【地球標準暦2111年/船内暦0年11月】
返信が地球へ到達。
篤紀、六十九歳。
彼は結婚もした。娘を育て、妻を病で見送り、教師を定年退職した。
玲南を待たなかった。それでも通信を三十二年間待った。
【地球標準暦2111年/船内暦1年0月】
篤紀から最後の映像。
画面の男は、玲南の知る二十歳の青年ではなかった。白髪で、頬に深い皺があった。
〈返事をありがとう。
君には昨日の告白だろうけれど、僕には一生ぶん届かなかった返事だった。
待たずに生きた。別の人を愛した。それを謝るつもりはない。
それでも、君を好きだった僕まで嘘にはしない。
玲南。地球時間では、さようなら〉
映像の送信から九日後、篤紀は亡くなった。
玲南がそれを知ったのは、船内時間で十二日後だった。
窓の外には、名前のない恒星が燃えていた。
彼女は二十五歳の顔のまま、七十歳の彼へ返事を録音した。
〈篤紀。私も、あなたが好きでした。
私の現在形は、あなたの過去形に間に合いませんでした。
それでも同じ言葉を、同じ宇宙で一度は持てたと思います〉
送信先には、もう受取人はいない。
玲南は送信ボタンを押した。
返事は地球へ向かい続けた。
恋人には届かなくても、二人の時間差を埋める光として。