埋めた約束は芽を出さない
閉校する小学校で、二十五年前のタイムカプセルが掘り起こされた。
千種帆乃と雨宮理一は、同じ桜組だった。家も近く、夏休みの宿題も、初めての自転車も、互いの家のカレーの味も知っている。
理一は大学から町を離れ、いまは妻と二人の子どもと神戸で暮らしている。帆乃は地元でパン屋を継いだ。
錆びた缶から作文や玩具が次々に出てくる。理一の封筒には、十歳の字でこう書かれていた。
〈大人になったら帆乃のおむこさんになる〉
同級生たちは笑い、スマートフォンで写真を撮った。
「初恋、実らなかったな」
誰かが言うと、理一も笑った。
「人生は予定変更が多いから」
帆乃も笑った。二十五年間練習してきた笑い方だった。
解散後、二人だけが校庭に残った。夕方の風に、古い遊具がきしんだ。
理一は封筒を差し出した。
「これ、帆乃が持つ?」
「奥さんに見つかったら困るから?」
「違う。俺が持つより、約束の相手が持つほうがいいかと思って」
帆乃は受け取らなかった。
「私、あれを本気にしてた」
理一の手が止まった。
「中学生になっても、高校を卒業しても。連絡が減って、あなたが向こうで好きな人と結婚すると聞いても、どこかで待ってた。今日、この紙を見て、やっと自分が何を待ってたのか分かった」
告白は相手を奪うためではなかった。
待っていた自分を、もう帰してやるためだった。
理一はしばらく目を伏せた。
「俺も、帆乃が好きだった」
「いつまで?」
「たぶん、町を出る朝まで」
「言ってくれればよかったのに」
「言えば、残ってくれそうで怖かった。帆乃の夢はこの町の外にあると思ってた」
「私は、あなたが出ていくのを応援するのが幼馴染の役目だと思ってた」
二人は、同じ勘違いを別々に抱えて大人になったのだ。
理一は封筒を元の穴へ置いた。
帆乃も土をひとすくいかけた。
「埋め直すの?」
「今度は開ける日を決めない」
「ひどい約束だ」
「守らなくていい約束だから」
土の下には、結ばれなかった未来が一枚眠った。
校門で別れるとき、理一は「元気で」と言い、帆乃は「お幸せに」と返した。
どちらも本心だった。
だからこそ、少しだけ泣きたくなった。