外商サロンの黒いカード

榊原芳乃は、孫の誕生祝いに届いた木馬を見て鼻を鳴らした。

「手作り? ずいぶん節約したのね。御影さんのお宅は余裕がないって聞いていたけれど」

奈緒は木目を撫でた。父が孫のために削ったものだ。値段を言う気はなかった。木馬には釘が一本も使われず、世界的な職人が仕上げを手伝っていた。けれど父は、孫が転んでも痛くないよう角を丸めたことだけを嬉しそうに話していた。芳乃は、その説明を聞く前に包み紙を捨てていた。

一週間後、芳乃は奈緒を百貨店へ連れ出した。目的は、親戚に贈る高級食器を選ばせ、支払いだけ奈緒に回すことだった。

「嫁なんだから、この程度は気前を見せなさい。あなたの服も安っぽいから、外商サロンでは私の後ろにいて」

最上階の扉が開くと、支配人が芳乃を通り越して奈緒へ駆け寄った。

「御影奈緒様。ご帰国以来、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「今は榊原です」

「失礼いたしました。会長がお待ちです」

芳乃は怪訝そうに黒いカードを差し出した。

「私は特別顧客よ。先に案内なさい」

支配人はカードを確認し、丁寧に返した。

「こちらは御影家のご厚意で発行された家族紹介カードです。本来のご名義人は奈緒様でございます」

サロンの客たちがざわめいた。壁に掲げられた創業者一族の写真と、奈緒の横顔があまりによく似ていたからだ。芳乃が毎年楽しみにしている招待会も、御影家が選んだ顧客だけに開く催しだった。

奥から、御影百貨店グループの会長が現れた。経済誌の表紙でしか見たことのない男が、奈緒を見て顔をほころばせる。

「孫の木馬は気に入ってもらえたか?」

「毎晩、揺らしてってせがまれてる」

芳乃は、木馬に焼き印されていた小さなMの意味をようやく思い出した。世界的家具工房を傘下に持つ、御影家の家紋だった。

会長は芳乃が選んだ食器の伝票を見た。

「これは奈緒への贈り物ですかな」

芳乃が口ごもる横で、奈緒は静かに首を振った。

支配人は伝票を芳乃の前へ戻し、黒いカードを奈緒の前へ置いた。

「では、本日より紹介枠を終了し、御影家本会員の権限を奈緒様へ戻します」

サロンの全員が奈緒に一礼し、芳乃だけが立ったままになった。