夜の切羽に風がない
発破の煙が薄れたという連絡を受け、私たちは午前一時に坑内へ入った。今夜の依頼は、切羽に崩れた岩を朝までに運び出すことだった。
ガス検知器は正常値。送風機の表示も緑。だから誰も、風について疑わなかった。
百メートルほど進んだところで、新人の萩尾が「頭が重いです」と言った。班長は寝不足だと笑ったが、私は手袋を外して頬を撫でた。風がない。入口ではヘルメットの顎紐が揺れていたのに、ここでは汗だけが落ちていた。
「機械を止めて」
そう無線を入れると、積み込み機の運転手が怒鳴った。
「検知器は鳴ってないぞ、鷹取」
私は検知器を腰から外し、しゃがんで床近くへ置いた。数字がじわじわ上がった。次に頭の高さまで持ち上げると下がる。発破で破れた送風管の先が岩山の裏へ潜り、汚れた空気を押し戻していた。検知器は新しい風の通り道に置かれていたから、正常な数字しか拾わなかったのだ。
「送風管を三メートル手前で切ります。測る場所も変える。切羽の中央と床際です」
予定どおりなら、管を延ばして奥へ風を送る。だが今は、その先が塞がれている。私は逆に短くし、吐出口を岩山の上へ向けた。二人が管を抱え、私が固定金具を締める。送風機を再開すると、粉塵がこちらへ流れず、天井沿いに出口へ動き始めた。
十分後、二か所の検知器が同じ数字になった。萩尾の顔色も戻った。
「これで二十分遅れだ」
班長が言う。
「二十分で済みました」
もし萩尾が黙っていたら、運転手は重機の中で意識を失っていた。狭い坑内で機械が止まれば、救助のために全員が入ることになる。
岩の搬出が始まり、トラックの赤い尾灯が暗闇を往復した。最後の一台が出たのは午前五時四十分だった。
私は全員を入口側へ下げ、名前を一人ずつ呼んだ。坑内では、具合の悪い者ほど作業を止めた責任を恐れて黙る。数字を直す前に、人が全員いることを確かめるのが先だった。
外へ戻る間もなく、次の発破孔をあけるドリルが切羽へ運ばれてきた。私はガス検知器を拭き、今度は最初から、床際に置いた。