夜中の桃ゼリー

父の枕元に置かれた桃ゼリーを、私は毎回、封を切る前に量る。

継母の芙美枝が中身を減らしていないか確かめるためだ。父には糖尿病があるけれど、食べる楽しみまで奪うのは介護ではない。

芙美枝は食事を細かく記録し、私が持っていく菓子を嫌な顔で回収した。父が「瑛菜のゼリーが食べたい」と言う動画を見せても、「今は判断が揺れるから」と決めつける。私は父に日付と自分の名前を言わせてから撮影した。意識がはっきりしている証拠を残すためだった。

ただ、父が答えを間違えそうになると、撮り直した。病院に見せるのは、いちばん元気な父でなくてはいけない。

芙美枝はゼリーを父の目の前で捨てることもあった。私は空袋を拾い、枕元へ戻した。誰が楽しみを奪ったか、父まで忘れてはいけない。父が芙美枝へ謝ると、私は「謝らなくていいよ」と撮り直した。

深夜の救急搬送は三度目だった。血糖値が急に上がり、芙美枝は主治医から厳しく尋ねられた。私は廊下で泣きながら、彼女が父を管理できていないと訴えた。食事を制限する一方で、見えないところでは好きな物を与えているのではないか。優しい妻を演じたい人なら、それくらいする。

芙美枝は反論せず、スマートフォンを医師へ渡した。父の腕につけた測定器の記録だった。大きな上昇は、私が面会した夜にだけ起きている。

「持ち込みはやめてって、何度も送りました」

削除したはずのメッセージが、彼女の端末には残っていた。病室の見守りカメラには、私が消灯後に棚からゼリーを出し、父の手へスプーンを握らせる姿まで映っていた。

私は父の望みをかなえただけだと言った。芙美枝は、父が私の前で断れなくなった理由を話した。幼い頃から、私が泣くと父は何でも許した。今も私が「食べないならもう来ない」と言えば、震える手で口を開ける。

病室へ戻ると、父は芙美枝の名前を呼んだ。私の持参品は看護師に預ける決まりになった。

それでも帰り際、私は予備の桃ゼリーをベッド脇のティッシュ箱の底へ滑らせた。

次に父が断れば、捨てられたのは私だと、写真だけで証明できる。