天井の円は止まらない

 天井扇の影が、白い壁をゆっくり回っていた。

 鳥居はベッドの端に座り、今日の会議を頭の中でもう一度始めていた。質問された数字をすぐ答えられなかったこと。資料のページを一枚飛ばしたこと。部長が「あとで確認で大丈夫」と言ったとき、誰かが小さく息を吐いたこと。

 羽根は三枚。影も三枚。照明を一段暗くすると、輪郭だけが薄くなり、回転は変わらなかった。

 窓の外では雨が室外機の天板をたたいている。ぱら、ぱら、ぱら。天井扇はふう、と空気を押し、カーテンの裾を同じ幅だけ持ち上げる。鳥居は布団へ入ったが、目を閉じるたび会議室の白い画面が浮かんだ。

 向かいの建物に、一つだけ明るい窓があった。磨りガラスの向こうで人影が動き、腕らしい形が上へ伸びた。ほどなく、ドライヤーの低い音が雨の間から届いた。ごう、と続き、止まり、また短く続く。

 鳥居は知らない人の髪が乾くまでを、天井扇の下で聞いていた。

 やがて窓の明かりが消えた。人影もドライヤーもなくなり、雨と羽根の回転だけが残った。誰かが眠る支度を終えただけだった。それは鳥居へ向けられた合図ではない。それでも、今日を閉じる動作が向こう側にもあった。

 会議室にいた人たちも、今ごろはそれぞれの部屋で靴を脱ぎ、顔を洗い、別のことを考えているのかもしれない。鳥居の返せなかった数字を、全員が夜中まで覚えているとは限らない。覚えていたとしても、それは朝に確認できる種類の記憶だった。

 鳥居はスマートフォンの録音アプリを開いた。会議後、忘れないよう自分で吹き込んだ反省点が七つ並んでいる。一つ目を再生しかけ、停止した。明日の自分なら文字にできる。夜中の自分が同じ失敗を何度も上映する必要はなかった。

 照明を消すと、天井扇の影は見えなくなった。けれど、ふう、ふう、と空気が回る音は続いている。カーテンが持ち上がっては戻り、雨が三度窓を打つ。

 会議室では、一つの言い淀みが部屋全体へ広がったように感じた。けれど天井扇の影は、鳥居が見ても見なくても同じ場所を通る。失敗した瞬間だけを中心にして一日を回し続けていたのは、機械ではなく自分だった。明日の机には、答えられなかった数字を確認したメモがもう置いてある。

 会議の円は、今夜ここで閉じなくてもいい。鳥居は布団を肩まで引き上げた。羽根が回り続ける下で、自分だけ先に考えるのをやめても大丈夫だと思えた。