娘のいない私へ

左右田絹江の端末に、見知らぬ少女から誕生日カードが届いた。

〈お母さんへ。十四歳の私より〉

誤配ではなかった。医療AIが開いた並行世界通信の試験で、別の絹江が送ったものだった。こちらの絹江は三十歳のとき、遺伝性疾患の確率を知り、子どもを持たないと決めた。向こうの絹江は産んだ。

画面に現れたもう一人は、同じ目の下に深い隈をつくっていた。少女は発症し、歩けなくなっていた。

「後悔してる?」と絹江は聞いた。

「その質問、ずるいね」

「あなたがカードを送ったんでしょう」

「娘が、子どものいない私に会いたいって」

少女の名は灯莉だった。絹江には覚えのない名なのに、呼ぶと胸が痛んだ。灯莉は画面越しに笑い、「そっちのお母さんは自由?」と尋ねた。

「自由よ」

「いいな」

向こうの絹江が顔をこわばらせた。絹江も腹が立った。自分の選択を臆病と責められている気がしたし、病む娘を幸福の証明に使う向こうも残酷に思えた。

通信終了の三分前、灯莉が言った。

「二人とも、私を答えにしないで。私は病気だけど、生まれて正解の証拠でも、産まない方が正解の証拠でもないよ」

画面が閉じたあと、絹江は十四年間しまっていた子ども部屋予定の物置を片づけた。だが、揺りかごは置かなかった。難病児の家族が短期滞在できる部屋として、市の支援制度に登録した。

最初に泊まりに来たのは、車椅子の少年と疲れ切った父親だった。夜中、少年が水を欲しがり、絹江は慣れない手つきでコップを運んだ。

端末には、もう届かない世界のカードが保存されている。

〈お母さんへ〉

絹江はその宛名を、自分だけのものにはしなかった。娘のいない人生は空白ではない。娘のいる人生も、罰ではない。そのことを教えた少女の誕生日に、毎年一つ、部屋の備品を増やした。

一年後、部屋を利用した少女が置き手紙を残した。〈絹江おばさんへ。また来てもいい?〉。母ではない宛名だった。絹江は少し寂しく、同じだけ嬉しかった。空白だと思っていた場所には、誰かを所有せず迎える入口を作ることもできた。