嫌いな味をひとつ
朝比奈菜摘は、選べる場面ほど「何でもいい」と言った。
イベント会社の打ち合わせでは、昼食も会場の花も打ち上げの店も、先に口を開いた人へ合わせる。自分の希望を言って却下されるより、最初から希望がない人でいるほうが傷つかない。周囲には気さくで融通が利くと思われていた。けれど帰宅してから、自分が本当は何を選びたかったのか思い出せない日が増えていた。
日曜、商店街の小さな祭りで受付を手伝った。休憩に入ると、景品でもらった色とりどりのゼリー菓子が机に置かれていた。赤は苺、黄は檸檬、緑は香草。菜摘がどれを取るか迷っていると、向かいの椅子に座った女の子が、紙コップを三つ並べ始めた。
名札には、ひな、四歳。母親が隣の救護テントで弟の擦り傷を見てもらっているらしい。
ひなはコップへ、「すき」「きらい」「しらない」と太い字で書いた。ゼリーを一個ずつ嗅ぎ、迷いなく分けていく。緑だけは「きらい」に二個入った。
「食べてみないと分からないよ」と菜摘が言うと、ひなは首を振った。
「においが、くつした」
菜摘は吹き出した。ひなは真顔のまま、彼女へ空のコップを押しつける。
「おねえさんも、きらいを一こ入れて」
「私は、何でも大丈夫」
「何でもは、あじじゃないよ」
返事に詰まると、ひなは黄色いゼリーを菜摘の鼻先へ近づけた。菜摘は酸っぱい菓子が昔から苦手だった。けれど、目の前で嫌いと言えば、作った人や好きな人を否定するような気がした。
「これ、酸っぱそうだから、いらない」
言ってみると、ひなは何も褒めず、黄色を「きらい」のコップへ落とした。そして赤を二つ持って、戻ってきた母親のところへ走っていった。
祭りの終了後、菜摘が三つのコップを片づけると、「きらい」だけでなく「しらない」にも菓子がたくさん残っていた。好きになれないものと、まだ決めなくてよいものは別らしい。菜摘は黄色い一個を持ち帰らず、赤だけをポケットへ入れた。
翌日の昼、同僚たちが新しいアジア料理店のメニューを回した。幹事が「菜摘は何でもいけるよね」と香草たっぷりの麺を指す。いつもの返事が喉まで出た。
紙コップに書かれた、太い「きらい」が浮かんだ。
菜摘はメニューの端を押さえ、「香草は苦手。私は卵のご飯にする」と言って、自分の注文に丸をつけた。