宝石箱は用途を聞いていた

 春の宝飾披露会で、セルヴァス公子は空の箱を高く掲げた。

「婚礼用の青玉十二粒を、ブランシェーヌ・ケラディスが盗んだ。浪費家を妻にはできない。婚約を破棄する」

 青玉は公爵家の代々の花嫁が身につけるものだった。箱の鍵を預かっていたのはブランシェーヌ。だから客たちは、証明が済んだように彼女を見た。

 十二粒は、嫁いだ女性が困窮したとき一粒ずつ売り、自分の足で帰郷するための備えでもある。祖母は『飾りではなく出口よ』と教えてくれた。セルヴァスはその由来を聞いた夜、古臭い慣習だと笑っていた。

 彼は数日前から、箱を王家の展示室へ移すと言い張っていた。ブランシェーヌが断ると、鍵を独占する強欲な女だと社交界へ触れ回った。今日の空箱は、その噂を完成させるための舞台だった。彼女はようやく、鍵を守っていたのではなく、自分の逃げ道を守っていたのだと気づいた。

「鍵を持つ者が犯人。単純な話だ」

 セルヴァスの隣では、新しい恋人が勝ち誇った笑みを隠している。

 ブランシェーヌは空箱を覗き込み、ため息さえつかなかった。

「婚約契約の第三条を読み上げてくださいませ」

 宝石管理官ノエルバンだけが彼女の側へ来た。慰めも断定もせず、箱と対になった契約書を開く。

 第三条――婚礼宝石箱は、開封者が用途を声にして初めて解錠され、その言葉を契約書に残す。

 ブランシェーヌが頁へ触れると、銀の文字が一行ずつ現れた。

『開封者、セルヴァス。用途、賭場の負債を夜明けまでに支払う』

 恋人の笑みが消え、広間の視線が一斉に公子へ返った。

「ち、違う。箱が声を誤認したのだ」

「この条項を提案したのは、わたくしを疑っていたあなたです」

 セルヴァスはすぐに態度を変えた。宝石は買い戻す、婚約も元へ戻す、夫婦なら借金も共有すべきだと言う。

 ブランシェーヌは空箱の蓋を閉じた。

「花嫁の宝石は共有しても、花婿の嘘まで共有する契約ではございません」

 指輪を箱へ落とし、元婚約者へ背を向ける。ノエルバンは会場の外へ続く階段で、静かに手を差し出していた。ブランシェーヌは誰にも押されず、その手を取った。