宴席へ消えた救荒麦
飢饉の冬、王都から届くはずだった救荒麦四十袋が、ハスカ村の倉庫から消えた。
代わりに倉庫前へ立たされたのは、粉屋のアセルナ・ハスカだった。領主ザルヴェド・クランツ子爵は、村人の前で空袋を投げつける。
「管理を任せた女が盗んだ。貧民へ配る麦を横流しするとは、なんと卑しい」
その背後では、城から来た料理人たちが小麦粉のついた樽を急いで荷車へ積んでいた。今夜、子爵家では狩猟祝いの宴が開かれる。
アセルナは空袋を拾い上げた。
「私は一袋も開けておりません。出庫命令を見せてください」
「命令したのは私だ。王家の麦であろうと、領内でどう使うかは領主が決める」
子爵は苛立ち、料理長から差し出された出庫票へ署名した。〈救荒麦四十袋を城内宴席用として転用。粉屋の不足分として処理〉。さらにアセルナへ罪をかぶせる一文まで書き足す。
「ほら、これで帳尻は合う。おまえは盗人として追放だ」
そのとき、城の大広間から鐘が鳴った。宴の開始ではない。王立救荒院の監査鐘だった。
倉庫の袋には、青い糸が一本ずつ縫い込まれている。糸は袋を開けた場所と、粉にした後の行き先を記録する。アセルナは昨夜、青い糸がすべて城へ向かって光るのを見て、救荒院へ連絡していた。
監査官が運び込んだ銀盆には、宴席用の白パンが積まれていた。灯りを落とすと、パンの中から四十本分の青い光が浮かぶ。一本残らず、救荒麦の糸だった。
「これは客人へ味見させ、王都へ品質を報告するためだ」
「ではなぜ、粉屋の横流しとして処理を?」
監査官が出庫票を広げる。ザルヴェド自身の署名は、乾くほど濃くなっていた。救荒院の用紙は、署名後の改竄を防ぐため、書いた順番まで記録する。宴席転用、責任転嫁、追放命令。すべて彼の筆で、すべて同じ時刻だった。
アセルナは倉庫の奥から、未使用の配給札を持ち出した。麦を受け取れなかった二百八十七人分である。村人たちはもう彼女ではなく、子爵を見ていた。
監査官は配給札の束を数え終え、黒い令状を開いた。
「ザルヴェド・クランツ。救荒物資横領および虚偽告発の容疑により、王立救荒院の名で逮捕する」