家族全員で朝まで
坂東崇之が実家へ戻ったのは、取り壊し前夜だった。
十八年前の火事で両親と妹が亡くなってから、家には近づいていない。警察には、友人宅へ泊まっていて難を逃れたと話した。
玄関の鍵は、今も崇之の持っている古い鍵で開いた。
中には夕食の匂いが満ちていた。
「遅かったじゃない」
母が台所から顔を出した。
父は新聞を読み、妹は高校の制服でテレビを見ている。三人とも、火事の前夜と同じ姿だった。
崇之は驚かなかった。
疲れているのだと思った。最後の夜くらい、幻と食卓を囲むのも悪くない。
四人分のシチューが並んだ。
家族は誰も食べず、崇之が口へ運ぶたび、その喉の動きだけを見つめていた。
柱時計は午前一時四十六分を指している。
火災の通報があった時刻だった。
「玄関、ちゃんと閉めた?」
母が尋ねた。
「閉めたよ」
「鍵も?」
崇之は答えなかった。
妹が制服の袖をまくった。手首から先が黒く焼けている。
「あの夜も、お兄ちゃんが閉めたよね。外から」
「違う」
「お父さんが追いかけてくると思ったから?」
父が新聞を畳んだ。
あの夜、崇之は進学費用のことで父と争った。石油ストーブを蹴り倒し、炎がカーテンへ移った。怖くなって外へ逃げた。
父に捕まるのが怖くて、玄関へ鍵を掛けた。
すぐ開けるつもりだった。
だが窓の向こうで家族が叫び始め、崇之は鍵をポケットに入れたまま走った。
「事故だったんだ」
崇之が言うと、母は穏やかにうなずいた。
「ええ。三人だけ死ねば事故でしょうね」
玄関へ駆けた。
扉には取っ手も鍵穴もなく、焼け焦げた板が壁のように続いていた。
ポケットの中で、古い鍵が熱を持った。
取り出すと、炎で曲がったあの日の鍵だった。
「明日には壊されるんだぞ、この家は」
「だから呼んだの」
母が四人分の椅子を近づけた。
「最後くらい、家族全員で朝まで過ごしましょう」
柱時計が音を立てた。
一時四十六分から、一時四十五分へ針が戻る。
妹が石油ストーブを蹴った。
炎がカーテンを這い上がった。
父は崇之の肩を押さえ、母は玄関のない壁を指した。
「今度はあなたも中にいるから、四人とも事故でいいわね」
翌朝、解体作業員は焼けた食卓の下から、十八年前にはなかった四人目の人骨を見つけた。