家族全員の予定
依澄は引っ越し用の段ボールに「台所」と書いたところで、スマートフォンの通知に手を止めた。
家族グループに、母が共有カレンダーの画像を貼っている。翌月の土曜日すべてに、青い文字で「依澄・実家」と入っていた。二週目は父の通院、三週目は庭の片づけ、四週目は親戚の食事会。本人が知らない予定ばかりだった。
すぐに電話が鳴る。
「見た? 引っ越しが落ち着いたら来られるでしょう」
「まだ来月の勤務も出てないよ」
「空いてるところに入れたの。だめなら言って」
実家の台所には、今も壁掛けカレンダーがある。学生のころ、依澄の予定は母の字で先に埋まった。塾、歯医者、祖母の誕生日。空白は自由ではなく、母が使ってよい時間だった。
依澄は電話を肩で挟み、箱の底をもう一本のテープで留めた。
「空白は、空いてるって意味じゃない」
「家族に予定も教えられないの?」
「教える予定は私が選ぶ。先に入れられたものを断るやり方は、もうしない」
母が息を吸った。責める言葉が来る前に、依澄は共有カレンダーを開く。家族全員の色が重なる画面から、自分のアカウントだけを外した。
「これからは、日にちを二つか三つ送って。行ける日があれば返す」
「そんな他人みたいな」
「他人にはしないよ。だから、勝手に決めないでって言ってる」
電話の向こうで、父が何か尋ねる声がした。母は小さく「カレンダーを抜けたの」と答えた。その言い方には、家から出ていく子を告げるような響きがあった。
依澄は目の前の箱に、皿を一枚ずつ包んで入れた。母から持たされた花柄の大皿だけは、別の箱へ移す。捨てるのではない。今の部屋では使わないと決めただけだ。
通話を切る前、母が「じゃあ、父さんの病院、十五日か十八日は」と言った。
依澄はカレンダーを見て、十八日なら夕方までと答えた。青い予定を押しつけられるのではなく、自分の指で一つだけ選ぶ。
共有解除の表示が消えるころ、「台所」の箱はきれいに閉じていた。箱の上には、誰の字でもない依澄自身の予定だけが、まだ何も書かれずに残っていた。