左の袖から

松葉理央は、乾燥機の扉を開けたまま、六分三十秒の音声を最初から流した。

『洗濯物、たぶん入れっぱなし。タオルは熱いうちに伸ばすと楽』

同棲していた恋人が、緩和病棟へ移る前夜に残した声だった。病院へ持っていく荷物を確認するための録音で、途中から話が洗濯物に逸れている。翌朝、救急車を呼び、そのまま二人とも部屋へ戻らなかった。

三週間ぶりの洗濯物は、乾燥機の中で冷え、丸く固まっていた。扉の縁には、病院へ持っていくはずだった紙のタグが挟まっている。理央はそれを外してごみ箱へ入れ、バスタオルを一枚取り出す。端を合わせると、音声の中で拍手が二回鳴った。

『そう、それ。三つ折り。理央は四つに折るから棚に入らないんだよね』

本人はもういないのに、間違いを見つけられた気がして、理央は四つ折りにしかけた手を戻した。三つ折りにしたタオルは、確かに棚の幅へぴたりと収まる。

靴下は片方ずつ、Tシャツは柄を内側に。片方だけの黒い靴下が出てきたが、探し始めれば別の作業になるので、洗濯かごの縁へ掛けた。声の指示は細かく、少し意地悪で、妙に元気だった。途中、看護師に呼ばれたらしい空白があり、戻ってきた恋人は息を整えてから言う。

『私の灰色のシャツ、捨てないで。柔らかいから、部屋着にしていいよ』

理央は灰色のシャツを膝に置いた。襟元には、落ちなかったコーヒーの染みがある。捨てるための段ボールは足元に開いていたが、今日は判断しないと決めていた。するのは、乾燥機を空にすることだけだ。

最後に、白いブラウスが残った。恋人が退院の日に着ると言っていたものだった。

『ブラウスは左の袖から畳むと、しわが前に出ない。右じゃなくて左』

理央は左袖を背へ折り、右袖を重ね、裾を二度返した。録音の最後で、恋人が小さくあくびをする。

『乾いたら、畳んどいて。寝るね』

再生が止まる。理央は白いブラウスを一番上に置く。棚には三つ折りのタオル、段ボールには捨てるもの、かごの縁には片方だけの靴下。それぞれの場所が決まった。理央は乾燥機の奥を手で確かめ、何も残っていないことを確認してから扉を静かに閉めた。