布の服で沈まない

酸の海へ沈む神殿で、鳴子坂ユウリだけが中央床へ跳び移った。

《沈降床》

床は、上にある装備重量一につき一センチ沈みます。

《旅人の布服》

防御力:1

重量:0

初期配布装備。

重装騎士たちは腰まで酸に浸かり、動けない。最強鎧の総重量は百二十。中央にある停止レバーへ近づくほど床は深く沈み、誰も届かなかった。

「布一枚で行く気か!」

背後で石鯨が酸を割って浮上する。神殿のボスだ。ユウリは剣も盾も捨て、布服だけで走った。足元は一ミリも下がらない。

石鯨の尾が迫る。防御力一では掠っただけで死ぬ。ユウリは沈んだ騎士の兜を踏み、尾を越えた。装備を捨てろと叫ぶが、伝説級の品を酸へ落とせる者は少ない。ここまで集めた強さが、今は足枷だった。

中央床へ着く。レバーには説明がある。

《浮上装置》

神殿に残る総重量が規定値以下の場合のみ作動。

一人が剣を捨てた。次に盾。酸へ消える光を見て、他の者も装備を外し始める。床が少しずつ浮く。石鯨は攻撃をやめ、沈んだ装備を背へ載せて海中へ運んだ。

「ボスに奪われるぞ!」

ユウリには違って見えた。石鯨は装備の重さを神殿から除いている。最初から、浮上を助けていたのだ。

最後の大剣が手放され、規定値がゼロになる。ユウリがレバーを引くと、神殿全体が酸の海を抜け、朝焼けの空へ浮かんだ。

宝物庫は開かなかった。代わりに床下から、装備を失った者全員を乗せられる避難船が現れる。

《石鯨討伐:未達成》

《沈没神殿の総重量:0》

浮上した神殿の甲板で、装備を失った者たちは互いの顔を見た。称号も職業も外見から分からず、誰が最上位プレイヤーかさえ判別できない。

石鯨は酸の海から背を出し、回収した装備を一つも返さなかった。代わりに、その背へ取り残されていたNPCたちを乗せてくる。ユウリは、失った重さより増えた命の数を数えた。

甲板に立った全員の防御力は最低だったが、その日だけは誰も弱者と呼ばれなかった。空へ出た布服が、朝日を最初に受けた。

《攻略目的を開示します――財宝を積むことではなく、生存者を浮上させること》