弟を誘拐したのは姉です

 午後三時、学童から弟が消えた。

 迎えに来たのは高校生の姉だった。職員には「母が頼んだ」と嘘をつき、弟の端末の電源も切った。

 両親は警察へ通報した。

 捜索中、父は何度も言った。

「どうして姉まで連絡がつかない」

 母は答えなかった。

 二人が見つかったのは、夜八時、閉園後の遊園地の前だった。弟は姉の上着を着て眠り、姉はベンチで警察官を待っていた。

「誘拐したの?」

 母が泣きながら尋ねると、弟が目を覚ました。

「ぼくが頼んだ」

 父の海外転勤が決まり、両親は弟だけを連れて行き、受験を控えた姉は伯母の家へ残すことにしていた。

 決定を聞かされたのは、一週間前だった。

「二人なら大丈夫だと思った」

 父が言った。

「姉はもう高校生だし、弟はすぐ新しい学校に慣れると」

「大丈夫か、聞いてない」

 姉は父を見なかった。

 弟は、家族で来た遊園地へもう一度行きたいと姉へ頼んだ。だが交通費が足りず、園の前までしか来られなかった。

「入れなかったのに、何してたの」

「観覧車が回るのを見た」

「それだけ?」

「最後に、二人で同じものを見たかった」

 母は弟を抱きしめたあと、姉にも手を伸ばした。姉は避けた。

「今抱いたら、全部分かったことにしないで」

「うん」

 姉は事情聴取を受け、両親は学童へ謝罪した。嘘をついて連れ出したことは、心配したからで済ませられないと、警察官からも厳しく言われた。

 帰宅後、家族会議をやり直した。

 転勤そのものは変えられない。

 だが姉が伯母宅へ残るか、家族で渡航するかは、本人が選び直す。

 弟も、転校で不安なことを話す。

 毎週の通話だけでなく、休暇ごとの帰国計画を先に決める。

 会いたいと言うことを、わがままと呼ばない。

 姉は国内に残る道を選んだ。

 出発の日、弟の鞄には遊園地の前で拾った入場券の半券が入っていた。誰かが落とした、使い終わった券だった。

「次は、本物を二枚買う」

 姉が言った。

「三枚」

 弟は両親を見た。

「今度は家族会議したから」

 失踪事件は、家族を同じ国へ残してはくれなかった。

 それでも、子どもを予定表の荷物にせず、それぞれの気持ちを家族の決定へ戻した。