強盗役、三名到着
閉店後の東雲銀行へ、覆面の男が入ってきた。
「全員、床に伏せろ!」
窓口にいた鋳物師紗京は、拍手した。
「迫力がありますね。予定より十分早いですが、訓練を始めましょう」
紗京は県警の防犯指導係で、今夜は銀行員向けの強盗対応訓練を担当していた。
覆面の男、蓑虫理人は戸惑った。本物の銀行強盗である。
「訓練じゃない。金を袋へ入れろ」
「台詞も自然です。では職員は非常ボタンを押すふりを」
「ふりじゃなく押すな!」
そこへ裏口から、派手なスーツの柘榴坂ダミアーノが現れた。彼は銀行の貸金庫から、ファミリーの裏帳簿を回収しに来たのだ。覆面と拳銃を見て、敵対組織の使者だと思った。
「ずいぶん露骨な歓迎だな」
理人は銃口を向ける。
「お前も袋へ金を入れろ」
「私の金を、私へ入れろとは哲学的だ」
紗京はメモを取った。
「共犯役まで追加されたんですね。打ち合わせにない即興は歓迎です」
「誰が共犯だ」
「誰が役だ」
二人が同時に怒鳴った。
紗京は満足そうにうなずく。
「緊張感が出ています。次は人質を取る場面です」
理人は一番近いダミアーノの腕をつかんだ。
「動くな。こいつの命が惜しければ金を出せ」
「私を盾にするとは、どこの組だ」
「無所属だ!」
「就職先を探しているのか」
「強盗だと言ってる!」
「自己紹介としては弱いな」
紗京が割って入る。
「犯人役さん、要求は簡潔に。共犯役さん、人質なのに威圧しない」
「私は共犯でも人質でもない」
「では何役です?」
「客だ」
「閉店後に裏口から入る客はいません」
その指摘だけは正しく、ダミアーノは黙った。
理人が現金輸送袋を奪おうとすると、紗京は腕をひねって床へ伏せさせた。
「安全上、模擬拳銃でも振り回しすぎです」
「本物だ!」
紗京の顔から笑みが消えた。ダミアーノは静かに非常口へ下がる。
その瞬間、銀行支店長が息を切らして入ってきた。
「すみません。今日の強盗役、インフルエンザで欠席です!」
三人の視線が、床の本物の拳銃へ落ちた。
紗京は理人へ手錠をかけ、続けてダミアーノへ向き直った。
「では訓練を実戦へ変更します」
「銀行は予定変更が多すぎる」