形見分けは三分間
「真珠は姉ちゃんでいいよな」
「どうして私なの。あんた、借金あるでしょう」
「だから真珠が要るんだよ」
「それ、形見じゃなくて換金物って言うの」
母の四十九日、三人きょうだいは実家の居間で言い争っていた。
遺言は簡単だった。
〈一人一つ。台所のタイマーを三分に合わせ、鳴るまでに選ぶこと。相談禁止〉
長姉がねじを回した。
じ、じ、じ、と音がする。
次兄は真珠へ手を伸ばし、やめた。末娘は腕時計を持ち上げ、戻した。長姉は茶箪笥を開けたり閉めたりしている。
「あと一分!」
「話しかけるな、相談禁止だ」
「それは相談じゃなく実況!」
ベルが鳴った。
三人の手にあったのは、誰も値段をつけないような品だった。
長姉は、先の曲がった赤い傘。
次兄は、縁の欠けた洗面器。
末娘は、焦げ跡のある座布団。
「何それ」
「そっちこそ」
笑いながら、理由を話した。
赤い傘は、長姉が離婚して幼い子を連れ帰った夜、母が駅まで迎えに来たものだった。雨は上がっていたのに、母は傘を開き、「泣いた顔を近所に見せることない」と二人を隠した。
洗面器は、次兄が店を潰した晩、酔って何度も吐いたとき母が黙って差し出したものだ。翌朝、底に五百円玉が一枚入っていた。
〈電話代。困ったら、今度はしらふでかけな〉
座布団は、末娘が初めて連れてきた恋人へ、母がお茶をこぼした跡だった。母は交際に反対していたくせに、二人が帰ったあと、座布団を洗わず言った。
「この染みが消えるまで続いたら、認める」
二十年たっても、染みは残っていた。恋人は今、末娘の夫である。
真珠も時計も、居間の中央に残った。
「お母さん、私たちが何を取るか分かってたのかな」
「分かってたら、三分も要らないだろ」
「三分は、喧嘩を終わらせる時間よ」
子どものころも、言い争いが始まると母はタイマーを回した。鳴ったら一度黙り、お茶を飲む。それが家の決まりだった。
また三人の声が重なった。
「真珠、どうする?」
「売る?」
「お墓代は足りてる」
ねじの戻りが悪かったタイマーが、忘れたころに小さくもう一度鳴った。
三人は反射的に口を閉じ、それから吹き出した。
結局、真珠は三粒ずつに分け、残りを母の写真の前へ置いた。タイマーは月替わりで三軒を巡ることになった。
母がいなくても、きょうだいの喧嘩は終わらない。
ただし三分ごとに、同じ家族へ戻れる。