怒りを鍛える夜
地下牢の錠前は、鉄ではなく命令でできていた。
看守長に「開くな」と言われた扉は、鍵を差してもびくともしない。囚われた織工たちの向こうで、夜明けの処刑鐘を待つ縄が揺れていた。
ゾラは折れた剣の柄から、赤い蜥蜴の精霊を呼び出した。
「怒りを食わせろ」
精霊は火花を舐めて言った。
「一つの怒りで、一つの命令を焼き切る。ただし食べた怒りは、同じ相手には二度と湧かない」
最初の扉には、賃金を盗んだ工房主への怒りを与えた。錠が赤く溶け、三人が逃げた。
二つ目には、嘘の証言をした同僚への怒り。三つ目には、助けを求めた妹を見捨てた自分への怒り。
扉が開くたび、胸の中が静かになった。
許したわけではない。悪かったことは分かる。ただ、拳を握る理由だけが抜け落ちていく。
最奥の牢には、かつてゾラの親友だったネイがいた。反乱の首謀者として、朝一番に吊られることになっている。扉には王の直筆の命令が刻まれ、これまでの怒りでは足りなかった。
「もっと濃いものを」
赤い蜥蜴が舌を伸ばす。
「おまえを十年燃やしてきた相手がいるだろう」
脳裏に、将軍の顔が浮かんだ。
徴兵を拒んだ父を広場で斬り、遺体を家族に返さなかった男。ゾラはいつか自分の剣で膝をつかせるため、兵舎に入り、歯を食いしばって昇進してきた。
その怒りを渡せば、扉は開く。
けれど将軍を前にしても、もう血は熱くならない。復讐のために選んだ十年が、行き先を失う。
牢の中でネイが首を振った。
「それは、あんたを立たせた火でしょう」
「火に立たせてもらった。だから最後くらい、誰かを逃がすのに使う」
処刑鐘の縄が上で軋んだ。
ゾラは剣の柄を胸に押し当てる。父の倒れる音、母の悲鳴、将軍の靴についた泥まで、怒りは鮮明な形をしていた。
「全部食べな」
赤い蜥蜴が喉を鳴らした。
扉の文字が炎に包まれる。向こうからネイが手を伸ばす。
錠が落ちたとき、ゾラは将軍の名を思い浮かべた。
憎くはなかった。
それでも剣は、まだ彼女の手に残っていた。