悪口は一人一皿まで

 老いた母の暮らしを話し合う日、三人きょうだいは新しい規則を作った。

〈悪口は一人一皿まで〉

 長男は煮物を置いた。

「母さんは『心配だから』と言って、朝六時に電話してくる。出ないと会社へまでかける」

 長女はサラダを置いた。

「私の離婚を、親戚へ『人生経験』として配るのをやめて」

 末の弟は焼き鳥を置いた。

「俺だけ可愛がられたことになってるけど、実際は家事を頼みやすかっただけだろ」

 奥の部屋で昼寝していた母が、杖をついて現れた。

「本人抜きで楽しそうね」

 三人は固まった。

 母は漬物の皿を食卓へ置いた。

「私も一皿」

「聞いてたの?」

「耳は年を取ってません。口もまだ達者です」

 母は長男を指した。

「何でも決めてから報告する。私の家へ手すりをつけたのも勝手」

 次に長女。

「お金を送って、電話をしたつもりになる」

 最後に弟。

「来てくれるのはいいけど、食べた皿を流しへ積んで帰る。介護より後片づけが増える」

「それは今後洗う」

「そこだけ認めるの?」

 四人はしばらく言い合った。

 母は転んだことを隠し、子どもたちは忙しさを理由に様子を聞かなかった。母の「大丈夫」は信用できず、子どもたちの「今度行く」も信用できない。

「で、私は施設へ入れられるの?」

 母が尋ねた。

「入れるんじゃなく、選択肢を一緒に見る」

 長女が答えた。

「訪問サービスも試す」

「手すりは?」

「母さんが場所を決める」

「朝六時の電話は?」

「八時以降」

 母は不満そうに口を曲げた。

「七時半」

「交渉するな」

 その日の結論は、何も最終決定しないことだった。三か月だけ支援を試し、また四人で悪口を一皿ずつ持ち寄る。

 帰り際、母が空の保存容器を三つ渡した。

「残り、持って帰りなさい」

「母さんの分は?」

「明日また文句を言う元気があるから大丈夫」

 好きなところだけで家族を続けるのは無理だった。

 嫌いなところを言っても席を立たないことが、四人なりの愛情だった。

 食卓には空の皿が四枚と、まだ言い足りない悪口が残っていた。