扉を壊していた男

【一一〇番通報記録】

「家へ入った男を殴りました。動きません」

『落ち着いてください。住所と、お名前を』

 通報者は住所を告げた。

 帰宅すると、赤い作業着の男が地下の扉を工具で壊していたという。

「泥棒だと思いました。声をかけたら、『時間がない、どいてください』と言って、バールを振り上げたんです」

『あなたへ振り下ろしましたか』

「いえ。扉へです。でも武器でしょう。だから後ろから消火器で」

『男の服に会社名や身分証はありますか』

「胸に〈緊急解錠サービス〉とあります。そんなもの、いくらでも偽造できます」

 受話器の向こうで、鈍い音が三度した。

『いまの音は?』

「男が壊していた扉の内側です。仲間が隠れているのかもしれません」

『その扉は、どこへ通じていますか』

「地下の食品庫です。窓のない小部屋で、普段は使っていません。妻が勝手に物置にしている」

『鍵は?』

「壊れて、外からしか開きません」

 通報者の携帯電話に着信が入った。

 妻からだったが、警察との通話を優先して拒否した。

『奥様から、本日十八時二十二分にも通報があります』

「何の話ですか」

『六歳のお子さんが食品庫へ入り、扉が閉まったと。鍵が故障し、換気口も荷物で塞がれているため、緊急の解錠業者を手配したと記録されています』

 通報者は黙った。

「でも、あの男は私を見るなり、どけと言った」

『一刻を争っていたのでしょう。作業員の名前を確認してください』

 床に倒れた男の首から、写真入りの社員証が出てきた。妻から届いていたメッセージを開く。

〈薬局へ酸素缶を買いに行く。知らない男が先に着くけど、鍵屋さんだから中へ入れて。お願い、急いで〉

 通知画面には最初の一文しか表示されていなかった。

『お子さんの声は聞こえますか』

「さっきまで、扉を叩いていました」

『すぐに作業員の工具で開けてください。救急も向かっています』

 通報者はバールを拾った。

 扉には、あと数回で外れそうな隙間ができている。

『お子さんへ声をかけ続けてください』

 通報者は名前を呼んだ。

 返事はない。

『叩く音は?』

「男を殴ったあと、しばらくして止まりました」

 遠くで救急車のサイレンが聞こえ始めた。

「刑事さん」

『はい』

「先に、どちらを助ければいいですか」