招待状の余白
石蕗真澄は、親友の結婚式で受付を任された。
花嫁の三雲芙美とは大学以来十五年の仲で、花婿の久米映司とも同じ写真サークルだった。二人を引き合わせたのは真澄である。その事実を、芙美は「最大の功績」と笑い、真澄はそのたび上手に笑い返した。
挙式前、控室へ向かう廊下で映司に呼び止められた。
「これ、実家を片づけたら出てきた」
差し出されたのは、十二年前の写真展の招待状だった。宛名は真澄。裏には若い映司の字で、〈最終日の六時に来てほしい。話したいことがある〉と書かれていた。
真澄は行かなかった。
その前夜、芙美から「映司が好き」と打ち明けられたからだ。
「届いてたんだな」
「うん」
「どうして来なかった?」
「予定があったの」
「昔から嘘が下手だ」
廊下の向こうで、芙美の笑い声がした。今日のために選んだ白い花が、映司の胸元で少し傾いている。真澄は手を伸ばし、位置を直した。
「私も、あなたが好きだった」
十二年遅れの告白は、驚くほど静かに口から出た。
映司は目を閉じた。
「知りたくなかったな」
「ごめん」
「違う。知ってたら、あの頃の俺は芙美を見なかった」
「今は?」
「今は、芙美と生きたい」
その答えに傷つき、同時に救われた。
奪える可能性が残っているより、選ばれなかった事実のほうが、ずっと優しかった。
「じゃあ、言ってよかった」
「どうして」
「私が二人を引き合わせたのは、何も感じてなかったからじゃないって、自分にだけは認めたかった」
映司は古い招待状を真澄へ返した。
「余白がある」
「何を書くの」
「返事」
真澄は受付のペンで、裏面の空いた場所に書いた。
〈好きでした。だからこそ、今日を祝います〉
映司はそれを読み、深く頭を下げて控室へ戻った。
やがて扉が開き、芙美が父親の腕を取り、真澄の前を通った。目が合うと、親友はいつものように片目をつぶった。
真澄も笑った。
胸の痛みは消えなかったが、もう隠す必要はなかった。
招待状は、始まらなかった恋の返事になった。
そして真澄は、好きだった二人の未来へ、自分の手で受付印を押した。