救命順位九百二位
鳥羽黎介は月に一度、診療所の受付へ顔を向ける。信用点数九三一。順番表示はいつも一桁で、昼休みが終わる前に薬を受け取れた。
だから救急病棟でも、同じ数字が命の順番になるとは考えなかった。
恋人の蕾依は自転車ごと配送車にはねられ、内臓から出血していた。医師は「すぐ手術が必要です」と言いながら、ベッド脇の読取器を彼女の顔へ向けた。
《信用点数:四〇二》
《救命処置順位:九百二位》
「九百二人も重傷者がいるんですか」
黎介が聞くと、看護師は首を横に振った。
「全国の待機患者をまとめた順位です。空いた手術枠は点数順に配られます」
蕾依は三年前、父親の介護で正社員を辞めた。公共料金を遅らせたことも、仕事を当日に断ったこともある。それでも誰かを傷つけたことはなかった。
黎介は自分の画面を差し出した。
「俺は九三一です。俺の順番を使ってください」
「点数は患者本人に紐づきます」
隣の処置室へ、歩ける男性が案内された。信用点数九五六。転倒による手首の骨折だった。手術枠の表示が一つ減り、蕾依の予想待機時間が八時間十二分へ延びる。
「黎介」
蕾依が呼んだ。唇が白い。
「父のところ、寄って。夕飯、冷蔵庫にあるって」
「自分で言えよ。終わったら一緒に行く」
彼女は返事の代わりに、黎介の袖を握った。
端末へ緊急再判定の通知が出た。血圧低下により重症度が上がったらしい。黎介は希望を持って画面を開く。
《社会復帰見込みの低下を確認》
《信用点数を三七八へ更新》
《救命処置順位:千四十一位》
悪化したから、さらに後ろへ回された。
黎介は手術室の扉を蹴った。警備員に腕を押さえられる。暴力行為の警告で、彼の点数も九一六へ落ちた。それでも蕾依の倍以上あった。
「全部やる。俺の点を全部、あいつにやってくれ」
誰も答えなかった。規則にない頼みは、聞こえないのと同じだった。
十分後、蕾依の心拍表示が一本の線になった。救命順位の数字が消え、代わりに黎介の端末が鳴る。
《低信用患者の看取りを完了》
《社会的配慮を評価し、二点を加算しました》
九一八。
黎介は増えた二点を見つめた。蕾依が死んだことで、彼だけが少し信用できる人間になっていた。