敗北予約の決勝戦

決勝最終ラウンドの四十秒前、加賀見直哉の端末に通知が浮かんだ。

〈三十五歳の俺より。開幕十二秒、左通路へ。相手は必ず来る〉

世界大会の賞金は五千万円。勝てばプロ契約、負ければチーム解散。直哉は左へ走り、角から現れた相手を撃ち抜いた。観客席が爆発したように沸く。だが勝利表示の直後、画面が暗転した。

「作戦、最終確認!」

監督の声。残り四十秒。机には、同じ位置で転がる黄色い指サック。

〈開幕十二秒、左通路へ〉

二度目、相手は一歩早く伏せた。三度目は煙幕を置いた。以後は差分だけが増えた。左、二発、しゃがむ。左、三発、右へ回る。未来の自分は一秒単位で敵の位置を送り、直哉は百七回目に完璧な勝利へ届いた。

それでも戻った。

新しい通知には、成功条件が記されていた。

〈相手の端末を失格判定にしろ〉

未来の指示どおり、左通路の壁へ意味のない照準を三度合わせる。すると対戦サーバーが誤作動し、相手の入力だけを「外部ツール」と判定した。観客には分からない。運営にも偶発的な検知に見える。直哉だけが、壁の微細な模様と照準補助の衝突を知っていた。

机の黄色い指サックは、元チームメイトが見つけた不具合を検証するための目印だった。彼は先月、運営へ報告しようとして契約を切られた。未来の直哉は、その不具合で優勝し、スターになったのだ。

百八回目、監督が叫ぶ。

「作戦、最終確認!」

直哉は黄色い指サックをカメラの前へ置いた。

「あります。勝てる作戦が」

試合開始。十二秒で左通路へ入り、壁を三度狙う。相手の画面に失格警告が出る寸前、直哉は自分の端末からゲームを終了した。

会場が静まり返る。彼は運営用チャットへ、不具合の再現手順と百七回分の未来通知を一斉送信した。故意の棄権は規約違反で、賞金も契約も失う。チームのスポンサー欄が灰色に変わった。

〈なぜ負ける。ここから全部始まるんだぞ〉

未来の自分から最後の通知が来た。

直哉は返信欄へ打つ。

〈だから、ここで始めない〉

送信すると、決勝の結果に「敗北」が確定した。時計は四十一秒目へ進んだ。黄色い指サックを拾った審判が、試合用サーバーを封鎖する。

歓声のないステージで、直哉は初めて未来の指示より先に席を立った。