旅程表から消えた朝
午前五時十二分、卒業旅行のグループチャット「三人で南へ」に、榎並俊介が空港の写真を送った。出発案内板の下で、菱沼依織が紙コップを二つ持っている。
俊介《保安検査、六時までだぞ》
依織《雨森、起きてる?》
雨森皓太《起きてる》
返事のあと、十分間、何も届かなかった。
俊介《今どこ》
皓太《大学の前》
依織《どうして》
皓太が送った写真には、閉じた正門と、守衛室の黄色い灯りが写っていた。
皓太《旅行、行けない。というか、行かない》
俊介《金なら貸すって言っただろ》
皓太《金じゃない。今日、二次面接が入った》
依織《それ、行きたくない会社だって》
皓太《行きたいかで選べるほど、家に余裕ない》
俊介は入力中になり、消え、また入力中になった。
俊介《俺は外資に決めた。金を理由に夢を捨てたくないから》
皓太《金がある奴の台詞だな》
依織《やめて》
搭乗開始の表示が点いた。依織は紙コップの片方を床へ置いた。皓太のために買ったブラックコーヒーだった。四年間、彼が砂糖を二本入れることを知っていたのに、今日はなぜか何も入れていなかった。
依織《私は内定、全部辞退する》
俊介《は?》
依織《児童相談所の臨時職員に応募した。給料は下がる。でも、そっちに行く》
皓太《依織まで、今日言うのかよ》
依織《今日しか三人で話せないと思ったから》
皓太は「ごめん」と打ち、送らなかった。代わりに、大学前の桜の蕾を撮った。
皓太《旅行の旅程表、俺の名前消して》
俊介《自分で消せ》
皓太《編集権、俊介だけ》
依織《最後まで社長だね》
三人は笑うスタンプを一つずつ押した。まるで仲直りの印に見えたが、その後の会話はなかった。
六時三十八分、飛行機が動き始めた。俊介は共有旅程表を開き、参加者欄の雨森皓太を削除した。依織の隣の座席は空いたままだった。
大学前では、皓太が面接用のネクタイを結んでいた。チャットの画面には《雨森皓太が退出しました》と出た。
南の街へ着いても、グループ名だけは「三人で」のままだった。