既読二、鍵三本
〈西荻ハウス三〇一〉
参加者:御影冴、杭瀬佑成、蛭川莉子
09:12 冴
玄関の棚に鍵置いた。立会い、二人に任せてごめん。
09:14 莉子
せめて顔見て行けばよかったのに。
09:20 佑成
写真:銀色の鍵が三本、白い封筒の上に並んでいる。
09:20 佑成
冴の、どれ?
09:22 冴
青いテープ。もう羽田。
09:23 莉子
本当に行くんだ、ヘルシンキ。
09:24 冴
二年だけ。帰るかは分からない。
既読が二つ付くまで、四分かかった。半年前なら、誰かが台所で湯を沸かす音より早く返事が来た。三人は帰宅時間も冷蔵庫のプリンの数も、この画面で共有していた。冴が海外の大学院に受かった夜だけは、佑成が「おめでとう」を送らず、莉子が代わりにケーキの写真を上げた。
09:31 佑成
俺、警察学校の寮、明日入る。スマホ触れない時間増える。
09:33 冴
似合わない。
09:33 莉子
冴が言うな。
09:38 莉子
私は横浜。真奈と住む。
家にはまだ「友達と」って言ってる。
09:40 佑成
そっか。
09:41 冴
そっか、だけ?
09:45 佑成
他に何を言えばいい。
三人で住み始めた頃、莉子が恋人の名前を口にできるのは、この家の中だけだった。冴は署名欄の「続柄」に怒り、佑成は黙って二本目の歯ブラシ立てを買った。その佑成が、いまは制服のある場所を選ぶ。冴は国境の外へ行き、莉子はまだ家族に嘘をついたまま、家族になりたい相手のもとへ行く。
10:02 佑成
立会い終わった。壁の穴、請求なし。
10:03 莉子
冴が椅子投げた跡なのに。
10:04 冴
佑成が婚姻届の話したからでしょ。
10:07 佑成
悪かった。
10:09 莉子
今さら。
10:12 冴
搭乗する。
10:12 冴
鍵、三本とも捨てないで。
10:13 佑成
返却だよ。
10:13 冴
知ってる。
御影冴がグループから退出しました。
画面の参加者は二人になった。玄関の封筒には三本の鍵が残っているのに、青いテープの一本だけが、もうどの扉にも帰れないものに見えた。