日曜日には先約がある
住吉茉莉の「予定がない」は、誰かに頼まれた瞬間、「空いている」へ変わった。
水族館の売店で働く茉莉は、勤務交代を断ったことがほとんどない。映画の予約は取り直せる。洗濯は夜でもできる。一人で出かける約束は、相手がいないぶん約束として弱い。そう考えて、自分の休日を何度も勤務表へ差し出した。
閉館後、クラゲ柄のハンカチを畳んでいると、同僚からメッセージが来た。
《日曜、代わってもらえない? 急に予定できちゃって》
茉莉の日曜には、目覚ましをかけないことと、商店街で苺を買うことしか入っていなかった。誰にも迷惑をかけない予定だった。
《いいよ》と打つ。指は迷わなかったのに、送信だけができない。
鞄のポケットには、先週買った小さなメモ帳があった。最初のページに《日曜 シーツを洗う/苺》と書いてある。自分で書いた字が、ひどく頼りなく見えた。
茉莉は《いいよ》を消した。
《日曜は先約があるので、代われません》
苺が先約なのか、と自分でおかしくなった。理由を説明すれば相手も納得するだろう。体調が悪いとか、家族が来るとか、もっと断ってよい事情を作りたくなった。
けれど送った。
返事は《了解! ほかの人に聞いてみる》だった。明るい絵文字までついている。
茉莉は売店のシャッターを下ろしながら、もう一度《やっぱり代われる》と送る場面を想像した。そうすれば相手は助かり、自分も良い人のままでいられる。けれど閉店確認の印だけを押し、個人のチャットは開かなかった。茉莉はほっとしたあと、ほっとした自分に少し腹が立った。断るだけで許可をもらったような気持ちになる。
帰り際、事務室の勤務表を見た。日曜の欄には茉莉の名前がない。空白ではなく、休みと印刷されていた。
その文字を写真には撮らなかった。証拠にしなくても、日曜はやって来る。
店を出ると、潮の匂いを含んだ夜風が頬に触れた。茉莉はメモ帳を開き、《苺》の横へ丸をつけた。まだ買ってもいない苺のために、初めて休日を渡さずに帰った。