日曜日を空欄に
小比賀実里の手帳には、空白がなかった。
展示会の進行表は水色、取引先との打ち合わせは桃色、資格の勉強は黄色。休日にも洗濯、作り置き、歯科検診、友人への返信を細い字で埋めた。何も書かれていない時間を見ると、自分だけが止まっているようで落ち着かなかった。
二か月かけた新商品の発表会が終わった翌朝、実里は目覚ましを止めたまま、四十分天井を見ていた。達成感はなかった。昨日まで毎日確認していた進行表を開いても、文字がただの黒い線に見えた。
月曜、部長から次の催事の担当表が届いた。
《日曜の現地下見、参加できる人は今日中に丸をつけてください》
実里は誰より先に共有ファイルを開いた。名前の横の欄へ丸を入れれば、役に立つ人でいられる。来週の日曜は空いている。正確には、空けていた。発表会後の片づけと、溜めていた家事と、オンライン講座をするつもりだった。
マウスを置いた指が動かなかった。
机の端には、朝から飲んでいないペットボトルがある。喉が渇いているのに、ふたを開けることさえ後回しにしていた。実里は手帳を開いた。日曜の枠には、すでに六つの予定が並んでいる。どれも、今日やらなければ誰かが困るものではなかった。
一つずつ線を引いた。
作り置き。講座。衣替え。資料整理。美容院の予約。翌週の献立。
線の下から白い紙が現れた。予定を消すたび、怠けている証拠を増やしているようで、胸の内側がざらついた。
共有ファイルへ戻ると、参加欄にはすでに二人の丸があった。実里は自分の欄を空けたまま閉じた。それだけでは逃げたように感じ、部長へのチャットを開く。
《今週末は休養に充てるため、日曜の下見には参加できません》
「休養」という二文字を何度も別の言葉へ直しかけた。私用、先約、家庭の事情。けれど最後は、そのまま送った。
返事は《了解です》だけだった。
日曜の朝、実里は七時に目が覚めた。手帳は枕元に置かなかった。洗濯物の山も、読みかけの教材も残っている。窓の外では、隣の家の布団が風に膨らんでいた。
何をしたら休めるのか、実里にはまだ分からない。
だからその日は、分からないまま、日付の枠を白くしておいた。