星明かりを隠す一枚布
夜更けにしか針を持たない仕立屋がある。
〈黒梟の針〉の女主人ミュゼは、日中は窓を閉め、月が出ると一枚だけ商品を飾った。品数が少ないと商人仲間には笑われたが、彼女は「必要な一枚だけでいい」と看板を掛け替えなかった。その晩の品は、光を食べる紺色の頭巾だった。
最初の客は、神殿の見習い護衛クレド。入店しただけで、額の聖印が店中を昼のように照らした。
「消してくれ。明晩、谷を抜けなきゃならない」
彼の仕事は、疫病村へ薬箱を届けること。しかし聖印は暗闇で強く輝き、谷に巣くう夜鷹鬼へ居場所を教えてしまう。先輩たちは「祝福を隠すなど罰当たりだ」と笑い、安全な街道を選び、自分だけに危険な護衛役を押しつけたという。クレドは怒りより先に、薬を待つ村へ遅れることを恐れていた。
ミュゼは説教も同情もしなかった。飾っていた頭巾を外し、クレドの頭へかぶせる。
「〈星喰み布〉です。光を消すのではなく、必要な者にだけ見せます」
「必要な者って?」
「あなたが守ると決めた相手です」
半信半疑のクレドが鏡を見る。聖印は消え、疲れ切った若者の顔だけが映った。ところが彼が薬箱を胸に抱いた瞬間、布の内側に柔らかな金の明かりがともった。外からは見えない。ミュゼが窓を開けて通りから確かめても、そこには紺の影があるだけだ。それでも内側では、手元の留め具と地図だけを、確かに照らしている。
クレドは息を呑んだ。
「これなら、走れる。誰にも囮にされずに」
ミュゼは裾を一度折り、彼の首に合わせて縫った。針は三往復で止める。余計な飾りは付けない。
「金貨一枚」
「神殿支給の装備より高いな」
そう言いながら、クレドは笑っていた。金貨を置き、さらに銀の護符を添える。
「護符は代金じゃない。明日の帰りに破れていなければ、同じ布をもう一枚注文する。その予約札だ」
翌夜、月が真上へ来るころ、頭巾に泥をつけたクレドが戻った。薬は届いた。傷一つない。彼は約束どおり追加分の金貨を置き、「次は自分で行きたいと言った奴に渡す」と告げた。
その背中が路地の闇へ溶けた直後、〈黒梟の針〉のベルが、昨夜より少し強く鳴った。