暗い朝食室
朝食室には、朝だけがなかった。
山荘の管理人は、窓際の席に伏していた。卓上には手つかずのスープ、床には割れた水差し。外は墨を流したように暗く、発電機も止まっていた。空のコーヒー保温器は冷え、食器籠には乾いた皿が一日分積まれていた。
料理係によれば、時計が五時を指したころ、管理人は一人で朝食室へ来た。厨房では鍋が火にかかり、宿泊客はまだ部屋にいた。廊下には濡れた登山靴が並び、玄関脇の傘立てからは水が落ちていた。管理人はスープを一口すすり、「苦い」と言って倒れたという。
疑われたのは、前夜に管理人と口論した登山客だった。だが彼は午前五時には山頂近くにいた。携帯端末の位置記録も、同行者の写真も一致している。料理係だけが厨房に残っていたため、警察は鍋へ何かを入れた可能性を調べ始めた。
ところが、鍋の中身から異常は出なかった。管理人の椀だけに薬品が残っていた。料理係は、椀を運んだのは自分ではなく、案内役だと証言した。
案内役は首を振った。夕方四時半には下山し、町の修理店にいたという。店の受領票にも四時四十分の印字がある。それなら、朝食の五時に山荘へいるはずがない。
管理人の指先には、案内役が使う防水地図の青い塗料がついていた。案内役は前日に貸したものだと答えたが、地図は彼の上着の内ポケットから見つかった。スープの椀には、運んだ手が拭き取ろうとした細い布目も残っていた。
刑事は空になったコーヒー保温器へ触れた。冷えきっていた。朝の分を用意する前なら空でも不思議ではない。しかし流し台には、乾いたコーヒーかすが一日分たまり、食器籠には昼食で使った皿が重ねられていた。
窓を打つ雨が弱まり、雲の裂け目から細い橙色が差した。光は東ではなく、尾根の西側に沈みかけていた。
停電で止まった時計は五時。暗さは夜明け前ではなく、嵐に覆われた午後五時だった。鍋は朝食の支度ではなく、夕食のスープだった。
修理店の受領票を置き、刑事は案内役の濡れた袖を見た。
「四時四十分に町を出れば、五時には戻れますね」
朝食室になかったのは朝ではない。そこに最初からあったのは、管理人が迎えられなかった夕食だった。