曇った窓の朝食
離婚して五年たっても、息子が父親の話をすると胸が縮んだ。
あのとき黙っていれば、三人で食卓を囲めたのではないか。夫の嘘を問い詰めず、家を出なければ、息子から「普通の家庭」を奪わずに済んだのではないか。
冬の朝、やかんの湯気で台所の窓が白く曇った。
曇りを指で丸く拭うと、その部分だけ、別の台所が見えた。
向こうには、離婚しなかった私たちがいた。
夫は新聞を読み、息子は黙ってパンを食べ、私は笑顔でコーヒーを注いでいる。写真のように整った朝だった。
羨ましいと思ったのは数秒だけだった。
向こうの息子が牛乳をこぼした。夫は舌打ちし、私は笑顔のまま雑巾を取る。息子は「ごめんなさい」を三回言った。
今の息子なら、一回目の前に自分で布巾を投げて寄こし、二人で笑う。
向こうの私の袖口には、青い痣が隠れていた。
大きな傷ではない。あの日、私が「これくらいで」と自分に言い聞かせた跡だった。
夫は悪人ではなかった。仕事に追われ、弱さを怒りへ変える人だった。私も、彼を救えると思うことで、自分の怖さを見ないふりをしていた。
窓の向こうの私が、こちらを見た。
声は聞こえない。それでも唇が動いた。
「そっちは、笑う?」
私は振り返った。
今の息子は寝癖のまま、焦げたパンへ蜂蜜で顔を描いている。
「見て。宇宙人」
くだらなくて、私は吹き出した。
窓へ戻ると、曇りが薄れ、向こうの食卓も消えかけていた。
私は指で一言だけ書いた。
「笑うよ」
向こうの私も、ほんの少し笑った。
その夜、息子に父親から電話があった。私は部屋を出ようとしたが、息子が手招きしたので隣に座った。
三人が元に戻ることはない。
それでも夫は謝ることを覚え、私は怖いと言うことを覚え、息子は二つの家で別々のカレーを食べている。
翌朝、窓はまた曇った。
もう拭わなかった。
向こうの正しさを確かめなくても、こちらの朝食は十分に温かかった。
春になり、息子の授業参観には私と元夫が別々の椅子へ座った。息子は作文で「うちには帰る場所が二つあります」と読んだ。教室の窓に映った私たちは、夫婦には見えなかった。それでよかった。
帰り際、元夫は「あの頃は怖がらせた」と初めて主語を自分にして謝った。許したかどうかは答えず、私は次の面会日だけ確認した。小さな平穏は、曖昧な仲直りより手間がかかる。でも、その手間を今は惜しまなかった。