最後に呼んだ名
狐塚ユアンの胸へ、PK《クラウン》の槍が突きつけられた。
《身代わり呼名》
被弾者が最後に口にした人物名へ、受けたダメージを全転送します。
呼名対象が存在しない場合は本人が受けます。
「妹の名を呼べ」
背後の檻で、ユアンの妹が泣いている。彼女の名を口にすれば、クラウンの槍はユアンではなく妹を殺す。黙れば自分が死ぬ。
クラウンはこの仕組みで、標的に仲間の名を呼ばせてきた。生き残った者ほど、自分の声で身内を殺した罪に壊れる。
「早くしろ。誰か一人を選べ」
ユアンは槍ではなく、クラウンの腰に下がる古い認識票を見た。布で半分隠されているが、裏面に製作者名が刻まれている。
《エリアスへ。初勝利のお祝いに》
クラウンが本名を隠すため、唯一外さなかった記念品だ。
「エリアス」
PKの顔が凍った。
《呼名対象を更新:エリアス》
「違う。そんな名前は――」
ユアンの言葉を消そうと、クラウンが槍を突き込む。
胸を貫いたはずの光が反転し、クラウン自身のHPを削った。槍を引くほど傷が深くなる。
「妹を選ばせるつもりだったのに、どうして自分を選んだ!」
「俺が選んだんじゃない。あんたが捨てられなかった名前を呼んだだけだ」
クラウンは槍を手放す。だが転送済みの致命傷は戻らない。
檻の鍵が開き、妹がユアンへ駆け寄る。彼女は兄の名を呼ぼうとして、口を塞いだ。まだ戦闘は終わっていない。
ユアンは妹の手を握り、誰の名も呼ばずに赤鉤――ではなく、エリアスが倒れるのを見届けた。
《身代わり呼名対象:エリアス》
《転送ダメージ:本人へ全量返却》
妹は檻から出ると、倒れたクラウンの認識票を拾った。
「この人にも、待ってる人がいたのかな」
ユアンは答えられない。鍔の文字は、娘がまだ父を英雄だと思っていた頃のものだ。だからこそエリアスは捨てられず、名を隠しながら持ち歩いた。
クラウンとして他人へ選択を押しつけても、エリアスとして呼ばれた瞬間だけは反射的に振り向いた。その一瞬が、システムに本人の存在を認証させたのだ。
妹は兄の名を呼ばず、ただ手を強く握る。戦闘が完全終了するまで、二人とも誰かを身代わりにする言葉を使わなかった。
《PK討伐者を訂正――狐塚ユアンではなく、他人へ名前を選ばせ続けたエリアス自身》