最速配信者を一歩だけ待たせる
《星宮ミオに無名の地図屋がついて来られるわけない》
《どうせ入口で置いていかれる》
《時喰い回廊は最速記録保持者でも未踏だぞ》
スタートの鐘と同時に、星宮ミオは光の筋になった。登録者四百二十万、世界最速を売りにする攻略配信者。その背後で、地図屋の風見環は走らず、床へ紙を広げた。
「環くん、三十秒後に合流ね!」
「いえ、十歩目で待ってください」
ミオは笑いながら九歩を消した。十歩目を踏んだ途端、廊下の両端が伸び、彼女の姿が豆粒ほど遠ざかる。壁時計の針が逆回転し、出口の扉も後方へ滑っていった。
《踏んだ距離を百倍にして時間を徴収する罠》
《速いほど老化が進む。ミオの髪、先端が白くなってる》
《地図屋まだ入口で紙折ってる場合か!》
環は古びた地図の右端と左端を重ねた。入口で配られた地図は、役に立たない土産だと何百枚も捨てられてきたものだ。だが紙面には距離の数字が一つもなく、扉同士を結ぶ細線だけが残っていた。環はその線が重なる位置を指先で確かめ、ただ一度、谷折りにした。
紙が鳴る。
その瞬間、無限に伸びていた回廊の入口と出口が重なった。環の目の前へ、走り続けていたミオが飛び出してくる。勢いを殺さず、彼女は出口を塞ぐ時喰いの巨人へ踵を叩き込んだ。
巨人の胸の時計が砕ける。白くなった髪は黒へ戻り、歪んだ廊下も元の長さへ縮んだ。
「十歩目で待てって、こういう意味?」
「この迷宮の地図は距離ではなく、隣り合う場所を記録しています。なら紙の上で隣にすればいい」
《座標ログ確認。環が折った瞬間だけ入口と出口が同一地点》
《ミオの速度を止めずに、そのままボスへの火力へ変えた》
《置いていかれたんじゃない。最速をゴール側で受け止めたんだ》
ミオは息一つ乱さず、環の手から折り目のついた地図を取った。
「次の世界記録、半分はあなたの名前にする。だから今度は三十秒じゃなく、最後まで一緒に来て」
配信画面の記録欄が点滅した。
【同時視聴者数 1,000,000突破――到達時刻:配信開始二分十四秒】