月晶坑の昼寝番
セリナの新しい肩書きは「昼寝番」だった。
月晶坑の管理人、と役所には届けてある。けれど実際には、昼寝をしていても困らない。夜になると坑道の天井に月光が染み込み、乳白色の結晶が育つ。小さな石人形たちが夜明け前にそれを折り、等級ごとに箱へ詰め、転送門から宝飾組合へ送ってくれる。
セリナの仕事は、石人形に月一度、砂糖水を供えることだけだ。
最初の頃は、朝になるたび坑道へ駆け込み、欠けた結晶がないか調べた。石人形たちは迷惑そうに彼女を外へ押し出した。三度目から、セリナも「任せる」という仕事を覚えた。
王都の鑑定院にいた頃は、昼寝どころか朝もなかった。黒い制服の襟は汗で硬く、右袖だけが鑑定台に擦れて光っている。退職日に持ち帰った通信鏡には、今も未読の緊急査定依頼が並んでいた。
『夜会用、最優先』
『王妃案件、徹夜前提』
『欠員のため休暇取消』
鏡を伏せ、セリナは丘の上で洗濯物を干した。
その足元で、銀色の札がちりんと鳴る。
《月晶七等級、売却完了。今月の住居費・食費を充足しました》
大金ではなかった。豪華な夜会服一着にも届かない。それでも家賃と小麦粉と、好きな紅茶には足りる。何より、誰かの機嫌を損ねても明日を失わない。
通信鏡が勝手に起き上がった。元院長ヘルムの顔が映る。
『セリナ、戻りなさい。新任が月晶と乳石を取り違えた。今夜の分だけでいい』
「今夜は月を見ます」
『仕事で毎晩見ていただろう』
「窓のない部屋で、石になった月をです。今日は空の月を見ます」
院長の眉が上がる。昔のセリナなら、そのしわ一つで謝罪していた。
『君を必要としている』
「必要なら、休める職場にしておくべきでした。私は辞めました」
鏡の呼出権限を切ると、画面はただの銀板に戻った。
夕方までには時間がある。セリナは白い寝具を草の上へ広げ、石人形たちにも小さな布切れを掛けた。彼らは働き終えて、もう丸くなっている。
「昼寝番が先に眠らなくてどうするの」
そう言って横になる。
風に揺れる洗濯物の影が、閉じたまぶたをゆっくり横切った。