月狼の昼寝当番
「次の眠りを一刻だけ深くする? 戦場で敵が寝てくれるとでも思ったか」
獣騎兵団の選抜で、フィオレクは無能と笑われた。
【技能:《深寝》――触れた魔物一体の次の眠りを、一刻だけ目覚めない眠りにする】
眠らせる力ではない。自然に眠りへ落ちる瞬間にしか効かず、一日に一度だけ。彼は団を追われ、月狼の保護牧場へ回された。
牧場の朝は静かだった。銀毛の月狼たちは羊を追わず、柵の修理を手伝い、昼になると丘で腹を見せて眠る。群れの長ギンロだけは、古い戦傷のせいで満月の夜に悪夢を見た。フィオレクは温めた山羊乳を飲ませ、眠る前に耳の後ろを掻いてやった。月狼たちはその順番まで覚えていた。
獣将ガルヴェが視察に来た満月の夕方、ギンロはいつもの山羊乳を飲み、藁へ顎を置いた。フィオレクは眠りへ落ちる鼻先に触れる。
《深寝》。
直後、敵国の密偵が山の向こうで戦太鼓を鳴らした。
その音は月狼を狂わせる呪具だった。群れは柵へ牙を立て、銀毛に青い火花を散らす。柵の先には、収穫祭で集まった村人がいる。
「射殺せ!」
ガルヴェが弓兵へ命じる。月狼は一頭でも騎兵十人に勝る。二十頭が村へ出れば、朝までに家がなくなる。
フィオレクは弓の前へ立った。
「群れが見るのは、戦太鼓より先に長の背中です」
ギンロだけは目を開けなかった。深い寝息を立て、悪夢に追われることもなく、腹を上に向けたままだった。群れは飛び出す合図を待った。しかし長が眠り続けると、戸惑って牙を引き、次々に尾を伏せる。
フィオレクがいつもの昼寝笛を吹く。二十頭は戦太鼓より聞き慣れた音を選び、ギンロの周囲へ丸くなった。
一刻後、密偵は捕らえられた。目覚めたギンロは何も知らず、フィオレクの膝へ顎を載せた。
選抜官は「偶然の習性だ」と言った。
ガルヴェは弓を下ろし、その男の獣騎章を外した。
「習性を知らぬ者が獣を兵器と呼ぶ」
獣将は章をフィオレクの胸へ留めた。
「群れを眠らせられる者こそ、群れを率いる資格がある」