朝焼けの介護ベッド
母は、息子に起こされるたび不機嫌になった。
「薬の時間」
「着替えよう」
「今日は通所の日」
息子はいつも急いでいて、母がゆっくり腕を通すのを待てない。
ある朝、二人で毛布の端を引いた瞬間、体が入れ替わった。
朝日が枕から外れるまで、同じ毛布を奪い合った二人の魂は交換される。
母の体に入った息子は、起き上がろうとして息を止めた。
腰が痛い。
右手は思う場所へ届かず、足裏は床の温度を遠く感じる。
「ほら、急いで」
自分の体に入った母が、いつもの言い方を真似した。
息子は腹を立てたが、返事をする前に息が切れた。
母は息子の体で台所へ行った。
スマートフォンが休みなく鳴る。
職場から、遅刻の確認。
介護事業所から、書類の不足。
妹からは、
「今週は無理。お兄ちゃんに任せる」
という短い連絡。
「ずいぶん人気者ね」
母が笑うと、息子は母の口で言った。
「全部、断れないだけだよ」
朝食を作ろうとして、母は息子の左手が細かく震えることに気づいた。
睡眠不足だった。
冷蔵庫には栄養飲料ばかりで、自分用の食事がない。
母は初めて、息子が自分を急がせるのは仕事へ間に合わせるためだけでなく、止まれば崩れるのが怖いからだと知った。
息子も、母の動作が遅いのではなく、一つ動くたび痛みと相談しているのだと知った。
朝日が枕の端へ近づいた。
母は息子の体で、通所施設へ電話した。
「今日は休みます」
息子が驚く。
「勝手に」
「私の予定でしょう」
次に職場へ電話し、
「介護の分担を相談したいそうです」
と告げた。
息子は母の体で笑った。
「それは僕の予定だ」
「だから、今言っておいた」
朝日が枕から消え、二人は元へ戻った。
その日、母は通所を休んだ。
息子も会社を半日休んだ。
二人で遅い朝食を食べた。
母は着替えを自分で選び、息子は袖へ手を通すまで待った。
翌週、妹と事業所を交えて分担を決めた。
息子の仕事は減らなかったが、一人で抱える日は減った。
母も、急ぐ日と急がない日を先に伝えるようになった。
毛布は同じ物を使っている。
ときどき二人の手が端でぶつかる。
もう強く引かない。
相手の朝には、こちらから見えない重さがあると知っているからだ。