木剣に戴冠された新人
黒瀬依澄の冒険者登録試験は、武器庫の隅に転がる木剣を渡されたところから始まった。
召喚者だと聞いて集まった見物人は多かったが、魔力計の針は一目盛りも動かない。試験官は木剣を指先でつまみ、汚れた雑巾のように差し出した。
「能力なし。刃物を持たせる価値もないから、それで案山子でも叩いていろ」
他の受験者には鋼剣や魔杖が配られている。依澄の木剣だけは、握りの革すら剥がれていた。
依澄は元の世界で、祖父の小さな道具店を手伝っていた。欠けた鑿も、曲がった鋸も、使い手の癖を覚えていると祖父は言った。だから、掌が触れた瞬間に流れ込んだものを幻だとは思わなかった。
森の中央で千年を生き、魔物から小鳥の巣を守り、最後は雷に裂かれた大樹。その枝を、初代ギルド長が訓練用の剣へ削った。捨てられてからも、何百人もの新人の震える手を支えてきた。
視界に能力が浮かぶ。
《武具戴冠》
道具一つが積み重ねた功績を、真の姿として一度だけ顕現させる。
実技試験用の鉄人形が鎖で運ばれてきた。五十人分の傷が重なっても倒れたことがなく、傷一つつければE級合格。上級受験者が魔剣を振るっても、表面へ白い筋が残るだけだ。
依澄は人形へ向かわなかった。
「ずっと新人を守ってくれたんだね」
木剣へそう言い、《武具戴冠》を使った。
乾いた柄から芽が出た。
一枚、十枚、百枚。緑の葉が天井を覆い、木剣は白銀より澄んだ幹へ変わる。刀身ではない。世界樹の若枝そのものだった。武器庫にある剣、槍、弓、杖が一斉に鞘や棚から抜け、切っ先を床へ伏せる。
最後に、ギルド長しか触れられないはずの聖剣が壁から飛び出した。それさえ依澄の前へ横たわり、臣下のように柄を差し出す。
鉄人形は斬られていない。
ただ、若枝からこぼれた一枚の葉が肩へ触れた瞬間、内部まで花に変わって崩れた。
見物席の最上段で腕を組んでいた老剣聖が立ち上がる。続いて武器係、上級冒険者、試験官までが立った。
依澄の手には、もう古びた木剣へ戻った一本がある。
誰もそれを案山子用とは呼ばなかった。