本日のドア係、八名
榾木葉平は、地域食堂の重いガラス扉の前で十分間、入れずにいた。
学校へ行けなくなって半年。母に勧められ、今日から配膳の手伝いをすることになったが、中から聞こえる笑い声へ近づくほど足がすくんだ。
帰ろうとしたとき、双子用のベビーカーを押す女性が来た。
葉平はとっさに扉を引いた。
「ありがとうございます」
女性が通り抜けた直後、段ボールを三箱抱えた配達員が走ってきた。
「すみません、助かります!」
次は杖をついた老人。その後ろに、両手へ鍋を持った料理係。さらに帽子を追いかける幼児と父親、車輪付きの買い物袋を引く女性。
葉平は扉を閉める機会を失った。
「本日のドア係さん、人気ですね」
老人が笑う。
八人目は、雨に濡れた中学生だった。葉平と同じ学校の制服を着ている。顔を伏せて通ろうとしたが、葉平に気づいた。
「榾木じゃん」
葉平の手が固まった。
学校へ来ない理由を聞かれる。怠けていると思われる。そう身構えた。
けれど中学生は、扉を押さえる葉平の手を見て言った。
「ありがとう。重いんだよな、このドア」
それだけ言って中へ入った。
誰も来なくなったあとも、葉平は取っ手を離せなかった。扉を閉めれば、自分だけ外に残る。
すると内側から、さっきの老人が同じ取っ手をつかんだ。
「今度は私が持つ番だ。ドア係も入りなさい」
ベビーカーの女性が手を振り、配達員が空いた段ボールを畳み、料理係が「味見係も募集中!」と叫んだ。中学生は何も言わず、葉平のぶんの椅子を引いた。
葉平は一歩入った。
その日の仕事は、箸を並べることから始まった。話せなくなれば黙り、疲れれば倉庫で休んだ。それでも帰りまで食堂にいた。
一か月後、初めて来た子が扉の前で立ち尽くしていた。
葉平は中から扉を開けた。
「入る?」
子は首を振った。
葉平は急かさず、取っ手を持ったまま言った。
「じゃあ、入りたくなるまで押さえてる」
重い扉は、一人の勇気で開くとは限らない。
向こう側で誰かが持っていてくれるだけで、越えられる日がある。