本日の予約名

 御園生柾が、そのレストランで夜勤を始めたのは月曜日だった。

 店は午前零時まで営業しているが、十一時を過ぎると客は一人しか来ない。

 予約票は毎晩十一時五十分、古い印字機から勝手に出てきた。

〈二十三時五十八分 一名様〉

〈浅海登志子〉

 浅海という老女は、髪も服もびしょ濡れだった。

 温かいスープを飲み、会計をせずに裏口から出ていった。

 翌朝、ニュースで同じ名を聞いた。

 市内の川で、前夜に流された女性だった。

 火曜日の客は、片袖を焦がした男だった。

 水曜日は、病院の腕輪をつけた少女。

 名前を検索すると、全員、その日のうちに死亡していた。

「ここは何の店なんですか」

 柾が尋ねても、支配人は皿を磨き続けた。

「最後に食べたいものがある方へ、席を用意しているだけです」

「死んだ人が来るんですか」

「予約された方が来ます」

 木曜日、柾は仕事を休もうとした。

 だが家へ帰る道が見つからなかった。駅へ向かっても、角を曲がるたび店の裏口へ戻ってしまう。母へ電話しても、留守番電話につながる。

『柾のことでお世話になった皆様へ――』

 母の声は泣いていた。

 途中で怖くなり、通話を切った。

 十一時五十分。

 印字機が鳴った。

〈二十三時五十八分 一名様〉

〈御園生柾〉

「同姓同名ですよね」

 支配人は返事をせず、六番テーブルへ皿を並べた。

 柾の好きだった煮込みハンバーグ、焦がしたプリン、母が弁当に入れてくれた甘い卵焼き。

「僕はここにいます」

「ええ。三日前から」

 支配人は壁の新聞を指した。

〈飲食店従業員、初出勤途中に事故死〉

〈御園生柾さん、二十二歳〉

 日付は月曜日だった。

 写真には、制服を抱えて横断歩道に倒れている自分が写っていた。

「じゃあ、僕が働いていた三日間は」

「予約時刻までの待ち時間です。じっと待てない方には、手伝っていただいています」

 十一時五十八分、客席の照明が一つだけ明るくなった。

 六番テーブルに、柾と同じ顔の青年が座っている。

 額には事故の傷があり、黙って箸を握っていた。

 支配人は柾の背中を押した。

「お客様をお待たせしてはいけません」

「どちらが僕なんですか」

「席に着いた方が、お客様です」

 厨房の扉が閉まった。

 翌日の印字機には、別の名前とともに追記があった。

〈担当給仕 御園生柾〉

〈退職予定 なし〉