机の裏の天体図
小此木汐音が消しゴムを落としたのは、日直日誌の最後の一行を書いているときだった。
拾おうと机の下へ潜り、天板の裏に無数の白い点を見つけた。修正液で打たれた星と、細いペンで結ばれた線。教科書にはない星座が、机一枚ぶんの夜空を作っている。
「何してるの」
頭上から久我山湊斗の声がした。忘れたイヤホンを取りに戻ったらしい。
「秘密基地を発見した」
「そこ、俺の席」
「だから何」
「……見た?」
湊斗の声が急に小さくなった。汐音が机の下から出ると、教室は夕日で橙色だった。さっきまで星空だった場所だけが、影になっている。
「これ、久我山が描いたの?」
「授業中に少しずつ」
「授業を聞きなさい」
「聞きながらでも星は打てる」
湊斗は机を傾け、裏側を窓へ向けた。白い点の脇には、小さな字で日付と数字が書かれている。流星群を見た夜、人工衛星が通った時刻、将来打ち上げたいロケットの仮の名前。
普段の湊斗は、進路希望調査に「未定」とだけ書き、質問されると笑って逃げる。こんなに具体的な未来を机の裏へ隠しているとは思わなかった。
「宇宙に行きたいの?」
汐音が聞くと、湊斗は星図ではなく、廊下の方を見た。誰かに聞かれていないか確かめる顔だった。夢というものは、大声で言うほど強くなるのではなく、時々、息だけで消えてしまうらしい。
「笑う?」
「笑わない」
「みんな、子どもっぽいって言うから」
「机に星座を描くのは、かなり子どもっぽい」
「ほら笑ってる」
「宇宙に行きたいことは笑ってない」
汐音は修正ペンを借り、星図の端に一点を加えた。
「そこに星はない」
「今はね」
「何座?」
「小此木座」
「自分で名づけるなよ」
「発見者だからいいの」
下校放送が始まり、教室の色が少しずつ薄くなった。湊斗は追加された点から、自分のロケットの印まで細い線を引いた。
「勝手につなげた」
「航路」
「どこ行き?」
「まだ未定」
進路希望と同じ答えなのに、今度は逃げているように聞こえなかった。
二人で机を元に戻した。表から見れば、ただの傷だらけの学校机だった。その下にだけ、誰にも提出しない未来が広がっていた。