東窓に朝を入れる
エマルダが譲り受けた廃屋は、東の窓だけが板で塞がれていた。
「朝日が入らない家は、寝坊には便利ね」
そう呟いたものの、板を外すと理由が分かった。鎧戸は根元から裂け、蝶番は赤錆び、少し風が吹くだけで窓枠ごと外れそうだった。
王都で公爵令嬢の侍女をしていた頃、エマルダはドレスの裾一寸の乱れまで直した。夜会の最中に裂けた袖も、誰にも気づかれず縫い合わせた。それでも主人が結婚すると、「平民出の古い侍女は新邸に似合わない」と暇を出された。
廃屋の窓なら、似合うかどうかを尋ねてこない。
今日直すのは、この一枚だけ。ほかの窓は布で塞げばいい。寝台は藁を敷けばいい。けれど朝の来ない部屋に慣れてしまえば、王都で俯いて歩いていた頃と何も変わらない。
エマルダは物置から細い樫板を選び、裂けた鎧戸の裏へ当てた。釘は足りない。そこで荷紐をほどき、得意だった飾り編みで板と枠を締め上げる。祝いの髪飾りに使っていた編み方が、今度は風を受け止める結び目になった。
編み目の一つ一つへ蜜蝋を擦り込み、雨を吸わないよう仕上げる。最後の結び目は、令嬢の婚礼衣装に使った「ほどけない花」の形になった。今度その花が守るのは、誰かの評判ではなく彼女の朝だった。
夕方、鎧戸は真っ直ぐ閉じた。試しに開けば、雲の切れ間から金色の光が差し込み、埃だらけの床に細長い道を作った。
その光の中で、エマルダは近所の農婦にもらった卵を焼いた。鉄鍋でバターが泡立ち、白身の縁がちりちりと音を立てる。硬いパンを添えると、それだけで立派な夕食に見えた。
戸口に馬の音が止まり、見覚えのある従僕が封書を差し出した。
「奥様が、やはりあなたでなければ困ると。明朝の馬車で王都へ」
エマルダは礼を言って受け取り、封書を窓辺に置いた。今はまだ開けない。明日の朝、この窓から本当に日が入るか確かめる仕事が残っている。
黄身にパンを浸すと、温かな香りが口いっぱいに広がった。
誰かの支度を整えるためではない朝が、もうすぐ来る。
エマルダは新しい鎧戸を静かに閉め、夕食が冷めないうちに席へ戻った。