校了紙を半分ずつ
校了日の校正室では、紙をめくる音まで急いでいる。
仁科郁穂は一字の違いを眠れないほど気にし、荻野詠美は読者に届かなければ正しい文字にも意味がないと言う。二人は同じ机を使って三年、締切について一度も意見が合わなかった。
その日、詠美が担当した料理本の再校に、著者から四十二か所の差し替えが届いた。印刷所への入稿まで九十分。編集長は束を見て、詠美だけに言った。
「今まで何を確認してたの?」
差し替えはすべて著者の追加だった。履歴にも残っている。けれど詠美は説明せず、赤ペンの蓋を開けた。反論する時間で一ページ見られる、という顔だった。
郁穂はそれが嫌いだった。黙って片づければ、次も同じ人に積まれる。とはいえ、事情を正すために本が落ちるのも違う。
「延期を申請する」
「しない。今日出す」
「誤植が残る」
「残さない」
詠美は八十六枚の束を抱えた。郁穂は机の端を空けるだけで、手を出さなかった。
三十分後、詠美の指から赤ペンが転がった。直した箇所を数えるため、同じページを三度めくっている。編集長は別室から「あと五十分」と声だけ投げた。
郁穂は校了紙の束を持ち上げた。詠美が奪い返そうとする。
「半分にする」
「あなたの担当もあるでしょ」
「だから半分」
郁穂はページ番号の奇数を自分側へ、偶数を詠美側へ置いた。詠美は不満そうに見たあと、無言で付箋を色分けした。正確さのためでも、締切のためでもない。どちらか一人の失敗にされない形にするためだった。
入稿は十二分遅れた。送信前、編集長が責任者名を一人に直そうとした。郁穂と詠美は同時に校了印を押さえた。朱肉の丸が、担当欄に二つ並んだ。
印刷所から確認電話が来ると、郁穂が変更番号を読み、詠美が該当ページを開いた。どちらが救ったか分からない作業にしておきたかった。編集長は渋い顔をしたが、二人分の記録を消す時間はなかった。
翌朝、完成見本はまだない。机には、新しい原稿が二束ある。
郁穂は奇数ページを取り、詠美は偶数ページを取った。効率的だとも正確だとも、二人とも言わなかった。