梨園に鳴る休日

わたしの梨園では、風が働く。

正確には、枝に結んだ十二個の青銅鈴が風を選び、熟した梨だけを揺らして落とす。落ちた実は柔らかな風の籠に受け止められ、そのまま木箱へ運ばれる。傷ひとつつかない。

初めてその仕組みが動く朝、ミレアは縁台で裸足になっていた。

昔なら考えられない。飛脚商会の赤い外套を着ていた頃は、靴を脱ぐのは眠る直前だけだった。雨の日も、熱の日も、膝が腫れても、急便の札がつけば走った。今も物置には、裾が泥で固まった外套が丸めてある。胸元の留め具は、最後の夜便で折れたままだ。

ぽこん。

梨が一つ、風の籠へ落ちた。

ぽこん、ぽこん。

鈴が歌い、木箱が満ち、荷車がひとりでに街道へ向かう。ミレアは梨を一切持ち上げていない。ただ、いちばん形の悪い一個を朝食に選び、かじった。

甘い汁が顎へ落ちたとき、腰の通知札が光った。

《梨十二箱、青果市場で売却。代金を口座へ送付》

思わず笑う。飛脚時代の給金より多いからではない。通知を受け取った場所が、雨ざらしの街道でも、怒鳴り声のする窓口でもなく、自分の梨園だったからだ。

飛脚時代なら、次の配達先までの距離を頭の中で割っていた時刻だ。今は梨の甘さを飲み込んだあとにも、予定表は真っ白だった。誰かに奪われる空白ではなく、自分で使い道を決められる空白だ。そして、空白のまま夕方を迎えても、もう誰にも叱られない。

続けて別の札が震えた。旧北支店長からだ。

『欠員が出た。今日の夜便を頼む。近道を知っているのは君だけだ』

ミレアは二口目をかじってから返した。

『行きません』

『特別手当を出す』

『いりません』

『では何が望みだ』

梨園を渡る風が、鈴を一斉に鳴らした。木陰では折り畳みの釣り竿が、昨日から出番を待っている。

ミレアは指についた果汁を舐め、短く打った。

『今日は、急がないことです』

返事を待たずに札を裏返す。次の梨が落ちる音を背中で聞きながら、彼女は小川へ向かった。

針に餌をつける頃には、赤い外套のことを一度も思い出さなかった。