棄権者の居場所
水守梢は、白黒の札を排水溝へ落とした。
薄い金属板は格子に当たり、乾いた音を立てて暗闇へ消えた。
「何をした!」
喜多見絃が叫ぶ。四人の足元には白と黒の円が描かれ、壁には一つだけ規則があった。
《投票終了時、白札側と黒札側のうち人数の少ない側を処刑する》
城戸朱莉と大鹿修平は黒札を掲げていた。二人は開始前から組んでいる。絃は白札。梢が白を持てば二対二、黒を持てば三対一。絃は梢の腕にすがった。
「白を上げて。引き分けなら機械は殺せない」
「引き分けの扱いは書いていない」
「じゃあ黒に行くの? 私を殺すの?」
絃の声には恐怖より先に怒りがあった。さっきまで彼女は、梢を黒側へ売る相談をしていた。壁越しの反響で全部聞こえていたのだ。
残り十秒。
朱莉が笑う。「札を捨てたら反則死でしょ。常識的に」
「その常識、どこに書いてあるの」
「投票なんだから、投じるに決まってる!」
梢は両手を空にして、白円と黒円の間に立った。
床の走査器は、札に練り込まれた発光粉だけを追っている。人間の位置を白黒へ分類する線ではない。入室時、梢が札を袖で隠すと、足元の表示が一瞬《未所属》になった。それが答えだった。
終了音が鳴る。天井の走査光が腕をなぞった。
《黒札側、二名。白札側、一名。少数側、白》
絃の首輪が閉まる。彼女は最後まで梢を睨み、「卑怯」と唇を動かした。
次の瞬間、梢の首輪だけでなく、黒側二人の首輪も外れた。
朱莉が呆然とする。「なぜこいつまで」
《水守梢は白札側、黒札側のいずれにも属しません》
「少数派が死ぬ。それだけ」
梢は空の掌を見せた。
「棄権者が死ぬとは書いていない。投票しろとも書いていない。二択を見せられると、人は必ずどちらかを選ばなければならないと思い込む」
修平が排水溝を見下ろした。そこにはもう札の反射すらない。捨てた一枚が、部屋で最も強い無票になっていた。
梢は開いた出口へ歩きながら、静かに付け足した。
「多数派に入れないなら、少数派にも入らなければいい」