欠けたマグカップの葬式

古道具店「不用品お断り」の主人は、捨てられた物から生まれた付喪神だった。

そのくせ入口には、粗大ごみの日の札がぶら下がっている。

「捨てるなら、きちんと見送れ」

瀬莉が紙袋から欠けたマグカップを出すと、店主の古鐘は真鍮の片眼鏡を下ろした。灰色の作業着には大小のポケットがあり、どれも釘や歯車で膨らんでいる。

二年前、同棲を解消した恋人と色違いで買ったものだ。相手の青いカップは持っていかれ、瀬莉の黄色だけが残った。欠けているのに捨てられない。使うたびに別れた朝を思い出す。

「忘れられるように、直してください」

「直せば忘れると思うのが人間の浅さだ」

「じゃあ捨てます」

「捨てるなら、きちんと見送れ」

古鐘は店の奥から白い布と、小さな木箱を持ってきた。葬式でも始めるのかと思ったら、本当に線香を一本立てた。

「思い出の死因は」

「そんなの、分かりません」

「では死亡確認ができない」

瀬莉が黙ると、古鐘はカップの欠けを爪でなぞった。欠けたのは別れた朝ではない。その半年後、酔って流しへ落としたときだ。瀬莉はその夜、初めて一人で鍋を作り、思ったよりおいしくできた。

「壊れた日まで、あの男の物にするな」

古鐘は金継ぎをせず、取っ手を外した。底に穴を開け、土を入れ、店先の小さな多肉植物を植える。

「カップじゃなくなった」

「役目が終わっただけだ。物は役目を変えられる。人間より素直にな」

代金を払うと、古鐘は木箱を引っ込めた。線香の火だけが、細く揺れている。

瀬莉は黄色い鉢を抱え、少し軽くなった紙袋を持った。

出口で振り返ると、古鐘が自分の湯呑みを白い布の上へ置いていた。何度も直された、ひびだらけの湯呑みだった。

「それも見送るんですか」

「まだだ」

彼は真鍮の片眼鏡を上げ、湯呑みに新しい茶を注いだ。

「捨てるなら、きちんと見送れ。捨てないなら、今日の役目を与えろ」

黄色い鉢の中で、多肉植物が小さく揺れた。瀬莉は帰り道、窓辺に置く場所を初めて考えた。