欠員補充室の白い靴

夜勤者が欠けた病棟には、欠員補充室から白い靴が一足送られてくる。靴だけで巡回し、点滴を替え、ナースコールに応じる。職員はそれを見ても驚かない。補充中の靴へ名前をつけず、廊下ですれ違ったら右側を空け、勤務終了後は左右をそろえて地下二階の返却棚へ置く。規則は三つだけだった。

臨床工学技士の柊崎は、その靴と何度も夜を越した。靴は足音が小さく、仕事も正確だった。人工呼吸器の警報が鳴る前に病室へ入り、患者の毛布から落ちた体温計を拾う。朝になると靴底に一晩分の埃がついていた。

同僚の冬佳が事故で休職してから、靴は毎晩届いた。冬佳は柊崎と同じアパートに住み、帰り道にコンビニのおでんを買う仲だった。付き合ってはいなかった。少なくとも、二人ともそう言っていた。

病室への見舞いは禁止されていなかったが、柊崎は行かなかった。会えば、事故の前夜に届いた「明日、話したい」というメッセージへ、なぜ既読だけをつけたのか聞かれる気がした。

三週間目、白い靴のサイズが二十四センチになった。冬佳の靴と同じだった。右の甲には、彼女が採血室でこぼした消毒液の薄い染みまである。

欠員補充室へ問い合わせてはいけない。それも職員なら知っている。欠員の理由を尋ねると、尋ねた者が翌日の欠員として登録されるからだ。

夜明け前、靴は柊崎を屋上へ連れていった。巡回経路に屋上はない。それでも柊崎は右側を空け、追い越さなかった。靴はフェンスの前で止まり、左足だけを半歩後ろへ引いた。冬佳が言いにくいことを話すときの立ち方だった。

柊崎は「明日、見舞いに行く」と言った。靴に話しかけるのは規則違反ではない。ただ、返事を期待してはいけない。

靴は踵を二度鳴らし、病棟へ戻った。

勤務終了後、柊崎は左右をそろえて返却棚へ置いた。棚の札には、これまでなかった文字が印字されていた。

〈補充終了予定 明日十六時〉

その時刻は面会開始と同じだった。

彼が地下を出ようとすると、右の靴が横倒しになった。中から小さなガーゼが一枚こぼれた。ガーゼには赤い糸で、柊崎の部屋番号が縫ってある。

翌朝まで、白い靴の中だけが、人の足を脱いだ直後のように温かかった。