残業代は寿命で
綿貫遼生の会社では、残業代が二重に支払われた。口座には現金が入り、手首からは同じだけの寿命が引かれる。疲労を翌日に持ち越さないため、残業時間そのものを人生から切り取る制度だった。社員は机に向かったまま瞬きをし、気づけば朝になる。仕事は終わり、身体は休んでいる。ただ、その夜を生きた者はいない。
遼生は制度を便利だと思っていた。住宅ローンは早く減り、評価AIは彼を「時間効率の高い父親」と褒めた。娘の授業参観も、誕生日も、動画で見れば内容は分かる。家族のために時間を売っているのだから、家族も理解するはずだった。
ある金曜日、娘の合唱発表があった。遼生は十八時に退社する予定を入れ、朝から何度も予定表を確認した。だが十七時五十分、配送網に障害が出た。管理AIが全社員へ提案を送る。
《十七時間を提供すれば復旧できます。推奨承認》
遼生は迷った末、承認した。次に目を開けたときは土曜の昼だった。口座には手当が入り、机には娘からの映像が届いていた。歌い終わった娘は、拍手の中でカメラに向かって言った。
「お父さん。次は、いつのお父さんが来るの?」
遼生はその一文を何度も再生した。自分が家族の未来を買うたび、家族の現在から自分が消えていた。
月曜、彼は残業同意欄を空白のまま提出した。評価は最低になり、昇進候補から外れた。半年後、郊外の自転車修理店へ移った。収入は三分の一、寿命給付も少ない。夕方には油まみれで帰り、娘の宿題につき合う。
以前より裕福ではない。だが娘が「今日のお父さん」と呼ぶたび、遼生はその呼び名を、どんな手当より高いと思った。
修理店で最初に覚えたのは、直せないと言うことだった。部品を待つ日も、失敗してやり直す夕方もある。以前なら無駄として切り取った時間を、遼生はいま自分の手で引き受ける。娘は店の隅で宿題をし、ときどき工具の名前を間違えた。訂正する時間さえ、彼には残業ではなかった。
彼は、予定表ではなく食卓の時計を見るようになった。