母からの乗換案内
蓬田毬香は、三年ぶりの帰省で新幹線に乗った。
母は昔から、帰省の経路を細かく報告させた。駅で他人に名字や出身地を言わないこと。迎えが来るまで改札を出ないこと。毬香は、極端な心配性なのだと思っていた。
【母】
何号車? 座席は?
【毬香】
八号車の十二番A。もう名古屋を出たよ。
【母】
今の写真を送って。
不思議に思いながら、毬香は座席で自撮りした。数秒後、母から電話がかかってきた。
『後ろの灰色のコートの男、見た?』
「通路を挟んだ席の人?」
『すぐ車両を移って。顔を見せないで』
毬香が立つと、男も顔を上げた。
六十歳ほどで、毬香を見るなり目に涙を浮かべた。
「左足首に、三日月形の火傷があるね」
毬香は足を止めた。
物心つく前からある傷だ。母は、熱い鍋に触れたのだろうと言っていた。
【母】
返事をしないで。
次の駅で降りて、北口へ。
駅員には何も言わないこと。
男は古い紙を差し出した。
二十四年前の行方不明児捜索の記事だった。二歳の女児の写真は、幼いころの毬香にしか見えなかった。
「妹の子だ。駅の売店で、女に抱かれているのを最後に消えた」
男は写真の裏に書かれた幼児の癖を読んだ。眠るとき左耳を触ること、苺の種だけを嫌がること。どちらも、母しか知らないと思っていた。
「二十四年間、帰省列車を一本ずつ見てきた」
記事の隅には、防犯カメラから描き起こした女性の似顔絵があった。
若いころの母だった。
【毬香】
この人、私の傷を知ってる。
昔の新聞に私と同じ顔の子が載ってる。
既読がつかない。
代わりに男のスマートフォンが鳴った。彼は画面を見せた。現在の母からだった。
〈その子に何を言ったんですか〉
〈もう家族に近づかないでください〉
「母さんは、この人を知ってるの」
ようやく返信が来た。
【母】
昔のことを話す人は、家族じゃありません。
スマホを捨てて。
迎えに行くから、今度こそ一緒に帰ろう。
毬香は指が震えて、文字を打てなかった。
次の駅が近づき、車内放送が乗り換えを案内した。
最後のメッセージが届いた。
【母】
大丈夫。
あなたを連れて逃げた日も、この駅で乗り換えて見つからなかったから。