母が送ってきた私の投稿
榎津茉莉の家族グループに、母から一枚のスクリーンショットが届いた。
〈この人の文章、いいね。月虹座を知らない私でも、舞台を見たくなった〉
写っていたのは、ファンアカウント「砂糖抜きの星」が昨夜投稿した長文だった。千秋楽で推しが一歩だけ前へ出た瞬間を、茉莉が午前三時までかけて書いたものだ。
スマホを落としそうになった。文章の最後には、実家でしか使わない「湯たんぽみたいに安心した」という比喩まである。
母は趣味に厳しい人ではない。ただ、茉莉が大学時代に遠征費を使いすぎたとき、「夢中になるのもほどほどに」と言った。それ以来、観劇日は友人との旅行、グッズの箱は季節用品と呼んできた。
〈誰か知らないけど、茉莉と気が合いそう〉
追い打ちのメッセージが来た。
その晩、実家で夕食を食べても、茉莉は箸袋ばかり折った。母は何も尋ねず、食後にスマホをテーブルへ置いた。画面には「砂糖抜きの星」のプロフィールが開いている。
「最近、眠れない日に読んでたの」
父との別居を決めてから、母が夜中に目を覚ますようになったことを、茉莉は初めて知った。
「舞台の人たち、転んでも次の場面へ行くでしょう。あなたの書くのを読むと、朝まで待てた」
母の保存欄には、茉莉が書いた文章が季節ごとに並んでいた。初日、休演、代役、千秋楽。茉莉が自分の気持ちを整えるために付けた見出しが、母には一週間を越えるための区切りになっていた。母は作者を探そうとはせず、ただ画面の向こうへ何度も礼を言っていたらしい。
茉莉は、アカウントを消すために用意していた言葉を飲み込んだ。
「それ、私」
母は驚いたあと、笑わなかった。フォロー画面を閉じて言う。
「家族だからって、勝手に読んでいい部屋じゃなかったね」
茉莉は首を振り、自分から母のスマホを受け取った。そしてフォローボタンを押した。
翌朝、「砂糖抜きの星」は初めて、湯たんぽの写真を載せた。説明には短く、〈この比喩をくれた人へ〉とだけ書いた。