母性、四十一点
八朔由加里は、離婚調停で母性を四十一点と採点された。
親権判定AIは、子どもの映像を見たときの瞳孔、心拍、脳波から養育感情を測る。元夫は八十九点だった。直生の運動会映像に涙を流し、幼い寝顔には胸を押さえた。
由加里は泣けなかった。
直生が生まれた夜も、初めて歩いた日も、彼女の感情はいつも胸の奥で静かだった。嬉しいときほど片づけをし、怖いときほど予定表を作る。喘息の発作が起きれば泣くより先に吸入器を探す。それをAIは〈反応希薄〉と読んだ。
弁護士は再測定を勧めた。
「映像を見る前に、少し息を止めてください。心拍が上がります。お子さんの服を持って入れば匂いでも反応が出る」
由加里は練習した。鏡の前で眉を下げ、直生の写真へ「大好き」と言った。点数は五十八まで上がったが、自分の声が他人のものに聞こえた。
調停の日、九歳の直生が裁判官へ尋ねた。
「点数が高い方が、夜中に薬の場所を覚えてるんですか」
法廷が静まった。
「お父さんは遊ぶのが上手です。お母さんは、僕が咳をする前に窓を閉めます。どっちが好きかは、質問が違うと思います」
それでも制度は点数を重く見た。主たる監護者は元夫となり、由加里には水曜の夕方と隔週末だけが与えられた。
元夫は勝ったはずなのに、直生の前で笑うたび採点を確かめるようになった。由加里は逆に、もう証明しなくてよくなった。短い時間を、演技の練習ではなく暮らしに使った。
彼女は敗れたのだと、周囲は言った。
由加里は水曜ごとに、直生の好物を用意した。宿題を見て、吸入薬の残量を確認し、玄関まで送った。別れ際にも抱きしめず、「次は土曜」と予定を確かめた。
六年後、直生は高校進学を機に由加里の家へ移った。荷物を運び終えた日、学校支給の感情端末が新居への反応を測った。
〈安心度・九十七〉
由加里は画面を見ず、喘息の薬をいつもの引き出しへしまった。
「そこなら、暗くても取れるから」
直生はうなずいた。
母性の点数は、最後まで更新しなかった。